基礎教学書 - 日蓮大聖人の仏法

第一章

日蓮大聖人とはいかなる御方か

本章の大旨

日蓮大聖人とはいかなる仏様か――。これを知り奉ることは、我ら末弟にとって何よりも大事である。ただし大聖人の甚深の御境界・甚重の大恩徳は、我らの凡智を以て推量し奉ることはとうてい不可能である。しかしながら、いま講次に臨んで止むをえず、謹んでその要を撮ってこれを拝せば、次のごとくなる。

「日蓮大聖人こそ、末法万年尽未来際の全人類を、三大秘法という根源の仏法を以て、現当二世にお救い下さる、実に久遠元初の自受用身、末法下種の主・師・親、大慈大悲の御本仏であられる」

以下、この大旨を五項に分けて説明する。

一、末法濁悪の世を救い給う御本仏

日蓮大聖人は「闘諍堅固」といわれる末法悪世をお救い下さる御本仏である。

末法とは、釈迦仏入滅後二千年以降の時代を指す。仏滅後の時代区分については「正・像・末の三時」と、それをさらに細分した「五箇の五百歳」がある。

正像末の三時は、正法一千年・像法一千年・末法万年と立て分ける。

五箇の五百歳

五箇の五百歳は大集経に説かれたもので、次のごとくになる。

五箇の五百歳を示す図。第一の五百歳は解脱堅固、第二の五百歳は禅定堅固で、あわせて正法一千年。第三の五百歳は読誦多聞堅固、第四の五百歳は多造塔寺堅固で、あわせて像法一千年。第五の五百歳は闘諍堅固・白法隠没で、末法の始めを示す。

「堅固」とは、仏の予言はいささかの誤りもなく事実になる、との意である。

それぞれの時代を説明すれば――

第一の五百歳は、インドにおいて迦葉・阿難等が小乗経を弘め、衆生はよく戒律を持ち小乗の解脱を得た。ゆえに解脱堅固という。

第二の五百歳は、同じくインドにおいて竜樹・天親等が小乗を破して権大乗を弘めた。衆生は大乗を修行し、よく心を静めて思惟・思索を行じた。ゆえに禅定堅固という。

第三の五百歳は、仏教は東に流れて中国に渡来し、読誦多聞堅固の名が示すとおり、経典の翻訳や読誦・講説等が盛んに行われた。訳経の偉業をなしとげた鳩摩羅什三蔵が出現したのもこの時代である。何よりもこの時代には、天台大師が出現して法華経の迹門を弘め、理の一念三千の法門を説いている。

第四の五百歳は、仏教はさらに東に流れて日本がその中心となる。聖徳太子は朝鮮半島の百済から渡来した仏法を守護し、法華経・勝鬘経・維摩経を鎮護国家の法と定めた。以来、飛鳥寺・四天王寺・法隆寺等、多くの寺塔が建てられた。まさに多造塔寺堅固そのままであった。さらにこの時代には、天台大師の後身といわれる伝教大師が出現し、南都六宗の邪義を破して日本の仏教を統一し、比叡山に法華経迹門の戒壇を建立したことが重要である。

第五の五百歳

そしていよいよ第五の五百歳、闘諍堅固・白法隠没の時代となる。

「闘諍堅固」とは、戦争が相次いで起こるということ。なぜ争乱が相次ぐのか。それは、人々の心の貪欲・瞋恚・愚癡すなわち三毒が強盛になるからである。

当時日本国内を見れば、朝廷の威光は衰え「王の門守の犬」(竜門御書)といわれた源平二家が台頭して武士の世となった。かくて保元の乱、平治の乱等が相次ぎ、ついには後鳥羽上皇以下三上皇が臣下・北条義時により島流しにされるという、未曽有の下克上たる承久の乱も起きた。

また世界に目を転ずれば、大蒙古が全世界を動乱の渦に巻き込むという、史上初めての世界戦乱の時代となった。まさに「仏語は実にして虚からず」である。

「白法隠没」とは、白法とはここでは釈迦仏の仏法を指し、この白法が滅尽するということ。たとえ経巻はあっても功徳が失せ、人々を救う力が無くなる。これ釈迦仏法が、末法の衆生の機根に適合しなくなったゆえである。

この「闘諍堅固・白法隠没」の時に、いよいよ御本仏・日蓮大聖人がご出現になり、文底深秘の三大秘法を広宣流布あそばすのである。

ゆえに撰時抄には

「今末法に入って二百余歳、大集経の『於我法中・闘諍言訟・白法隠没』の時にあたれり。仏語まことならば、定んで一閻浮提に闘諍起こるべき時節なり。伝え聞く、漢土は三百六十箇国・二百六十余州はすでに蒙古国に打ちやぶられぬ。乃至、高麗六百余国も、新羅・百済等の諸国等も、皆大蒙古国の皇帝にせめられぬ。今の日本国の壱岐・対馬並びに九国のごとし。闘諍堅固の仏語地に堕ちず、あたかもこれ大海の潮の時をたがへざるがごとし。是れをもって案ずるに、大集経の白法隠没の時に次いで、法華経の大白法の、日本国並びに一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか」

と。

御文の中の「法華経の大白法」とは、その元意(究極の意)は法華経本門寿量品の文底深秘の大法ということ。この文底深秘の大白法が第五の五百歳に一閻浮提に広宣流布する、と仰せられているのである。

では、文底深秘の大法とは、その実体はいかなるものか――。

不世出の大学匠といわれる冨士大石寺第二十六世・日寛上人は撰時抄文段において

「問う、文底深秘の大法、其の体如何。答う、即ち是れ天台未弘の大法、三大秘法の随一、本門戒壇の御本尊の御事なり。故に顕仏未来記に云く『本門の本尊・妙法蓮華経の五字を以て閻浮提に広宣流布せしめんか』等云云。故に此の本尊は広布の根源なり」

と。

まさに本門戒壇の大御本尊こそ、文底深秘の大法の実体であり、日本および全世界に広宣流布する根源の法体であられる。

ちなみに、いま創価学会が本門戒壇の大御本尊を否定したうえで、「世界広布」などと謀っているのは、御本仏に背く師敵対、極限の大謗法、まさに無間地獄の業因といわねばならぬ。

末法万年尽未来際

さて「末法は一万年」ともいわれるが、この「一万年」は限られた年数の一万年ではなく、万年のほか尽未来際を意味する。

ゆえに報恩抄には

「日本乃至漢土・月氏・一閻浮提に、人ごとに有智無智をきらはず、一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし。乃至、日蓮が慈悲昿大ならば、南無妙法蓮華経は万年のほか未来までもながるべし」

と。

日蓮大聖人の大悲願力により、南無妙法蓮華経の唱えは空間的には全世界に満ち、時間的には万年のほか尽未来際までも流れ、全人類を仏にして下さるのである。何と昿大なる大慈悲であろうか。

広宣流布について

大聖人は広宣流布の御予言を、撰時抄に次のごとくお示し下されている。

「其の時、天変地夭盛んなるべし。国主等其のいさめを用いずば、隣国に仰せつけて彼々の国々の悪王・悪比丘等をせめらるるならば、前代未聞の大闘諍・一閻浮提に起こるべし。

其の時、日月所照の四天下の一切衆生、或いは国を惜しみ、或いは身を惜しむゆえに、一切の仏・菩薩に祈りを懸くともしるしなくば

彼のにくみつる一の小僧を信じて、無量の大僧等、八万の大王等、一切の万民、皆頭を地につけ掌を合せて、一同に南無妙法蓮華経ととなうべし」

と。

この御文は、大聖人御在世の逆縁広布と未来の順縁広布、さらに日本の広布と世界の広布、以上四つの広宣流布を一文で御教示下されている。なぜ四つの広布を一文で表わされているのか。謹んで案ずるに、原理が共通のゆえと拝する。

その原理とは――

もし国中の人々が日蓮大聖人の仏法に背くならば、諸天はまず「天変地夭」を以てその国を誡める。しかしなお国主等がその諫めを用いなければ、諸天はついに隣国に命じてその国を責めしめる。かくて「前代未聞の大闘諍」が地球規模で起こる。

そのとき人々は、国が亡び我が命を失う恐怖から一切の仏・菩薩等に祈る。しかしその験もなく万策尽きたとき、ついに一切衆生は、それまで憎んでいた日蓮大聖人を信じ、頭を地につけ手を合わせ、一同に「南無妙法蓮華経」と唱え奉るに至る――と。すなわち

国中の謗法、諸天の怒り、天変地夭、前代未聞の大闘諍、大罰による帰依

これが広布の共通原理である。

御在世の逆縁広布

この原理をもって御在世の逆縁広布を拝すれば、全世界を席捲した大蒙古が日本に襲来したことはまさに「前代未聞の大闘諍」であり、これ国中の謗法による。ゆえに聖人知三世事には

「日蓮は一閻浮提第一の聖人なり。上一人より下万民に至るまで、之を軽毀し、刀杖を加へ、流罪に処するが故に、梵と釈と日月・四天、隣国に仰せ付けて之を逼責するなり」

と仰せられている。

このとき日本一同、国亡び命を失う恐怖の中に、日蓮大聖人の御名と南無妙法蓮華経を深刻に命に刻み、未来に仏に成るべき種を下して頂いた。これが御在世の逆縁広布である。

未来順縁広布

未来順縁広布の時も、同じように「前代未聞の大闘諍」が起こる。

現在、広布の時が近づくにつれ、戦争も大規模になり残虐性も増している。今や核兵器は全世界に拡散し、各国間の疑心暗鬼と瞋恚の連鎖は止まらない。やがて必ず核兵器を用いての地球規模の大戦争が起こる。これこそ大聖人御予言の「前代未聞の大闘諍」である。

これまた「仏法より事起こる」の大難であれば、政治の力、経済の力も及ばず、いかなる仏・菩薩・神々に祈るとも虚しい。そして、もし核を用いての地球規模の大闘諍が起これば、このとき人類は絶滅する。

この大惨禍をお救い下さるのは――

諸天に申し付ける絶大威徳と大慈大悲まします、日蓮大聖人ただ御一人であられる。

大聖人はこの大惨禍を、新尼抄に次のごとくご予言されている。

「末法の始めに、謗法の法師一閻浮提に充満して、諸天いかりをなし

彗星は一天にわたらせ、大地は大波のごとくをどらむ。大旱魃・大火・大水・大風・大疫病・大飢饉・大兵乱等の無量の大災難並びをこり

一閻浮提の人々各々甲冑をきて弓杖を手ににぎらむ時、諸仏・諸菩薩・諸大善神等の御力の及ばせ給わざらん時、諸人皆死して無間地獄に堕ること雨のごとくしげからん時

此の五字の大曼荼羅を身に帯し心に存せば、諸王は国を扶け、万民は難をのがれん。乃至、後生の大火炎を脱るべし」

と。

前述の広宣流布の原理は、この御文にも明らかである。合わせ見てほしい。

文中の「此の五字の大曼荼羅」とは、一閻浮提総与の「本門戒壇の大御本尊」の御事である。大聖人が留め置かれたこの大御本尊を堅く受持し奉る以外に、人も、国も、この大難をのがれる術はない。まさに戒壇の大御本尊こそ、末法の全人類をお救い下さる大良薬、御本仏の大慈悲の結晶なのである。

さらに上野殿御返事には、順縁広布を次のごとくご断言されている。

「ただをかせ給へ。梵天・帝釈等の御計いとして、日本国一時に信ずる事あるべし」

と。

時来たらば、諸天は日蓮大聖人に背き続ける日本を治罰する。また召し出された地涌の菩薩は国中に満ち一国を諫暁する。かくて日本国の上一人より下万民にいたるまで、一時に日蓮大聖人を信じ南無妙法蓮華経と唱え奉る時が来るのである。

その時は、いま刻々と近づきつつある。

二、三大秘法を以てお救い下さる

三大秘法とは、仏法中の根源の大法である。仏法には小乗・権大乗・法華経の迹門・本門等、浅きから深きにいたって種々の教法があるが、三大秘法はただ法華経の本門寿量品の文底に秘沈された大法で、あらゆる諸仏・諸経を生ぜしめた根源の種子である。

ゆえに秋元抄には

「三世十方の仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏に成り給へり」

と仰せられている。

佐渡より御帰還の大聖人は、身延入山を待たれていたごとくに、御入山早々、法華取要抄を著わされ、始めてこの三大秘法を整足してお示し下されている。

「問うて云く、如来の滅後二千余年、竜樹・天親・天台・伝教の残したまえる所の秘法何物ぞや。答えて曰く、本門の本尊と戒壇と題目の五字となり」

と。

日寛上人はこの文意について文底秘沈抄に

「此れは是れ、文底秘沈の大事、正像未弘の秘法、蓮祖出世の本懐、末法下種の正体にして、宗門の奥義此れに過ぎたるは莫し」

と。

いま謹んで、本門の本尊・本門の題目・本門の戒壇のそれぞれについて、その大要を説明する。

(一)本門の本尊

本門の本尊とは、竜の口の大法難において、立宗以来の不惜身命の御修行ついに成就して久遠元初の自受用身と成り給うた日蓮大聖人が、その御証得の全体を、末法の一切衆生の成仏のため、大慈悲を起こして御図顕下された「南無妙法蓮華経 日蓮 在御判」の御本尊である。

不惜身命の御修行

ここで、立宗より竜の口大法難にいたるまでの、大聖人の不惜身命の御振舞いを少しく拝する。(詳細は第七章「日蓮大聖人の一代御化導」)

大聖人は御年十二より三十二歳までの二十年間、国中の諸寺を巡って日本に渡来した一切の経論を学ばれ、ついに釈尊一代聖教の淵底を究め、諸宗の奥義もことごとく見極められた。

そして御年三十二歳の春、清澄山に帰り、「末法の本尊とは何か」を祈り給うに、明星ヶ池に映る御自身の影に「南無妙法蓮華経」の御本尊のお相貌を見給うた。これこそ寿量文底の大法、すなわち久遠元初の自受用身ご証得の「人法体一・事の一念三千の南無妙法蓮華経」であり、末法の一切衆生の成仏の大法である。

かくて建長五年四月二十八日、朝日に向かって始めて南無妙法蓮華経と唱え出だされ、人々にも「一切の邪法を捨て、南無妙法蓮華経と唱えよ」と、大慈悲を以てお勧め下された。これが立宗である。

このときの御決意を開目抄には

「日本国に此れを知れる者、但日蓮一人なり。これを一言も申し出だすならば、父母・兄弟・師匠・国主の王難必ず来たるべし。いわずば慈悲なきににたり、乃至、今度、強盛の菩提心を起こして退転せじと願じぬ」

と仰せられている。

当時の日本国は、念仏・真言・禅・律等の諸宗が充満していた。これらの諸宗は釈尊の本懐たる法華経にも背き、自己勝手に未顕真実の経々に固執する謗法の邪宗であるが、国中の人々はその邪法にたぶらかされ、国主もこれら邪師に帰依していた。

邪師らは「一切の邪法を捨て、ただ南無妙法蓮華経と唱えよ」と勧める大聖人を強く憎んだ。そして己れの地位と利権を守るため、民衆には「阿弥陀仏の敵」と煽って大聖人を憎ませ、国主には無数の讒訴をして、大聖人の御命を奪わんとした。

ここに、国中の悪口罵詈はもとより、松葉ヶ谷の草庵襲撃、伊豆流罪、小松原の剣難、さらに竜の口大法難、佐渡流罪等の身命に及ぶ大法難が、波のごとく大聖人の御身を襲ったのである。

竜の口の大現証

ことに文永八年九月十二日の竜の口大法難は、国家権力による絶体絶命の死罪であった。

この日の深夜、数百人の兵士たちが取り囲む中、大聖人は従容として頸の座に着かれた。

太刀取りその傍らに立ち、大刀を振りかざしてまさに打ち下さんとしたその刹那

「月のごとく光りたる物、まりのようにて辰巳のかたより戌亥のかたへ光りわたる」

(下種本仏成道抄)と。

その光りがいかに強烈であったか。太刀取りは眼くらんでその場に倒れ伏し、警護の兵士たちも一斉に逃げ出し、みな砂浜にうずくまってしまった。

頸の座にましますは日蓮大聖人ただ御一人。大聖人は高声に叫ばれた。

「いかに殿原、かかる大禍ある召人には遠のくぞ、近く打ち寄れや、打ち寄れや」

(同前)

しかし近づく者はない。大聖人は再び大高声で

「頸切るべくわ急ぎ切るべし。夜、明けなば見苦しかりなん」

(同前)

と勧められたが、返事をする者とてない。みなことごとく砂浜にひれ伏し、「月のごとく光りたる物」に照らされて輝く大聖人の御尊容に、手を合わせてしまったのである。

まさに国家権力が、一人の大聖人の御頸切れずして、その絶大威徳の前にひれ伏してしまったのである。人類史上、このような不思議・厳粛の光景が、どこにあったであろうか。

この大現証こそ、日蓮大聖人が久遠元初の自受用身に成り給うたお姿、末法下種本仏の成道の御尊容であられる。

キリストは磔になって横死している。これ凡夫だからだ。「聖人は横死せず」(神国王御書)という。仏様に対してなし得る罪は「出仏身血」(仏の身より血を出す)を以て最大とする。仏を殺す罪の規定はない、不能犯だからだ。かかる絶大威徳の仏様にして、始めて全人類をお救い下さることができるのである。

この竜の口の大法難について、大聖人は開目抄に

「日蓮といゐし者は、去年九月十二日子丑の時に頸はねられぬ。此れは魂魄佐土の国にいたりて……」

と仰せられている。

この御文の深意について日寛上人は

「汝伏して之を信ずべし。当に知るべし、此の文の元意は、蓮祖大聖、名字凡夫の御身の当体、全く是れ久遠元初の自受用身と成り給い、内証真身の成道を唱え、末法下種の本仏と顕われたもう明文なり」

(開目抄文段)と。

御本尊こそ大慈悲の結晶

この仰せのごとく、まさしく大聖人は竜の口において久遠元初の自受用身と成り給うた。そしてその御証得の全体を、末法の全人類成仏のために大慈悲を起こして顕わし給うたのが、本門の本尊である。

まさに御本尊は、日蓮大聖人の大慈大悲の結晶である。

たとえば、子を育てようとする母親の慈愛は母乳となって顕われる。病人の苦を除かんとする良医の慈念は薬となって顕われる。

いま、末法の凡夫を仏に成さんとあそばす日蓮大聖人の大慈大悲は、御本尊となって顕われ給うたのである。

ゆえに経王殿御返事には

「日蓮が魂を墨にそめ流して書きて候ぞ、信じさせ給へ。仏の御意は法華経なり、日蓮が魂は南無妙法蓮華経にすぎたるはなし。乃至、あひかまへて御信心を出だし、此の御本尊に祈念せしめ給へ。何事か成就せざるべき」

と仰せられる。

「一念三千を識らざる者には…」

さらに観心本尊抄の結文には

「一念三千を識らざる者には、仏 大慈悲を起こし、五字の内に此の珠を裹み、末代幼稚の頸に懸けさしめ給う」

と御教示下されている。

いま謹んで、この御意を拝する。

日寛上人は観心本尊抄文段に、この文意を次のごとく釈されている。

「末法今時の理即但妄の凡夫は自受用身即一念三千を識らず。故に久遠元初の自受用身、大慈悲を起こして妙法五字の本尊に自受用身即一念三千の相貌を図顕し、末代幼稚の頸に懸けさしむ等となり」

と。

まず「一念三千」とはどういうことか。

仏法では、宇宙法界のあらゆる存在・あらゆる理法を、「十界三千の諸法」という。そして、この十界三千の諸法は我が一念に具わり、この一念の心法はまた法界に遍満する。これを一念三千という。

たとえば、大海の一滴に海水の全成分を含み、その一滴はまた大海に遍く広がるのと同様である。

我ら凡夫も、大宇宙より生じた生命であれば、本々「十界三千の諸法」を具足した一念三千の当体ではある。ただし凡夫の一念三千というのは、素質として具えているというだけで、自覚はない。これを理具といい理の一念三千という。三大秘法抄に「底下の凡夫理性所具の一念三千か」と示されているのはこれである。

大聖人は竜の口において、法界を自身と開き、久遠元初の自受用身と成り給うた。すなわち宇宙法界即我・我即宇宙法界の大境界を、事実の上に証得あそばされたのである。これが事具であり、事の一念三千である。

自受用身とは「ほしいままにうけもちいるみ」と御義口伝には訓ぜられている。大聖人の御境界は我即宇宙であれば、時間・空間において大宇宙と等しく、自在無礙・金剛不壊であられる。

竜の口法難四年後に著わされた蒙古使御書には

「仏のいみじきと申すは、過去を勘へ未来をしり、三世を知ろしめすに過ぎて候御智慧はなし。乃至、所詮、万法は己心に収まりて一塵も欠けず、九山八海も我が身に備わりて、日月・衆星も己心にあり。然りといへども盲目の者の鏡に影を浮かべるに見えず、嬰児の水火を怖れざるが如し」

と。

まさに宇宙法界を自身と開かれた大境界をここに拝する。「万法は己心に収まり……日月・衆星も己心にあり」と。何という大境界であられるか。この御境界なればこそ、あの竜の口の大現証も顕われたのである。

また佐渡で著わされた最蓮房御返事には

「我等は流人なれども身心共にうれしく候なり。大事の法門をば昼夜に沙汰し、成仏の理をば時々刻々にあぢはう」

と。

骨まで凍る佐渡の極寒も、暗殺の危険も、御本仏の自受法楽を妨げることはできない。これを金剛不壊の大境界という。

我ら凡夫は、同じく宇宙より生じた生命を持ちながら、未だ生命の極理たる人法体一・事の一念三千を識らない。ゆえに苦悩の人生を永劫に流転していく。

ここに大聖人は大慈悲を起こされ、御自身が証得された自受用身即一念三千、すなわち大聖人の御当体即一念三千の相貌を、文字を以て御本尊に図顕され、末法の全人類に授与して下さった。これが本門戒壇の大御本尊であられる。

ゆえに我ら凡夫は何もわからなくてもいい。ただこの御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱え奉れば、御本尊の仏力・法力により、自然と御本尊と一体、大聖人と一体になり、凡夫の我が身がそのまま仏に成らせて頂ける。一生成仏が叶うのである。

この御本尊の大功徳について、日寛上人は観心本尊抄文段に

「此の本尊の功徳、無量無辺にして広大深遠の妙用有り。故に暫くも此の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱うれば、則ち祈りとして叶わざるは無く、罪として滅せざるは無く、福として来たらざるは無く、理として顕われざるは無きなり」

とお示し下されている。何と有難いことであろうか。

(二)本門の題目

本門の題目とは、本門の本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱え奉る修行である。

日寛上人は、我らが唱え奉る本門の題目と、本門の本尊と、日蓮大聖人との関係について、次のごとく御指南下されている。

「問う、我等が唱え奉る所の本門の題目、其の体何物ぞや。謂く、本門の大本尊是れなり。

本門の大本尊、其の体何物ぞや。謂く、蓮祖大聖人是れなり」

(当流行事抄)と。

本門の題目の体は本門の本尊であり、さらに本門の本尊の体は実に日蓮大聖人である、と仰せられる。

このゆえに、私たちは何もわからずとも、ただこの御本尊を信じて、大聖人の御名を南無妙法蓮華経と唱え奉れば、「名は必ず体にいたる徳あり」(十章抄)で、自然と体である御本尊・日蓮大聖人と一体にならせて頂き、凡夫の我が身がそのまま成仏させて頂けるのである。

仏様が宿って下さる

松野殿女房御返事には、この理をさらに平易に

「南無妙法蓮華経と心に信じぬれば、心を宿として釈迦仏懐まれ給う」

とお示し下されている。御文の「釈迦仏」とは、その元意は日蓮大聖人の御事である。

御本尊を信じ南無妙法蓮華経と唱え奉れば、我ら凡夫の濁った心に仏様が宿って下さる。「濁水心無けれども、月を得て自ら清めり」(四信五品抄)と。もし我らの濁心に日蓮大聖人がお宿り下されば、自然と心法も変わる。諸天もその人を守護する。

ゆえに現世には生活が守られ、臨終には成仏の相を現じ、死後の生命も仏界の大安楽を得られる。これを「現世安穏・後生善処」という。これすべて御本尊の仏力・法力による。

まさに本門の題目とは、御本尊の大良薬を、我ら凡夫が服用させて頂くことに当るのである。

(三)本門の戒壇

本門の戒壇について御教示下された御書は、御入滅の弘安五年に著わされた三大秘法抄と一期弘法付嘱書の二書だけである。これを以て、本門戒壇がいかに大聖人の己心に深く秘めさせ給うた大事であるかを拝することができる。

まずその御文を拝する。

三大秘法抄には

「戒壇とは、王法仏法に冥じ仏法王法に合して、王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是れなり。三国並びに一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等も来下して蹋み給うべき戒壇なり」

一期弘法付嘱書には

「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付嘱す。本門弘通の大導師たるべきなり。国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂うは是なり。就中我が門弟等此の状を守るべきなり」

と。

御文の意は第九章「日蓮大聖人の御遺命」に詳述してあるが、いまその趣旨をここに示せば、まさしく御遺命の本門戒壇とは

広宣流布の暁に、仏法を守護し奉るとの国家意志の公式表明を手続として、富士山天生原に建立される国立戒壇である。

この本門戒壇に安置し奉る御本尊こそ、日蓮大聖人の出世の御本懐たる弘安二年十月十二日御図顕の「本門戒壇の大御本尊」であられる。

この本門戒壇が建立されれば、日本は日蓮大聖人を魂とする国になる。御本仏を魂とする国はまさしく仏国ではないか。

この仏国について立正安国論には

「仏国其れ衰えんや、乃至、宝土何ぞ壊れんや」

と仰せられている。

仏国は諸天が厳然と守護するゆえに、国土の災難は消滅し、王法も安定して自界叛逆なく、他国もこの国を侵さない。

さらに全世界の人々がこの本門戒壇に詣でるの時いたれば、地球上が「事の寂光土」となり、戦争も飢餓も疫病も消滅し、人ごとに三大秘法を行じて一生成仏を遂げることができる。

教行証御書には

「前代未聞の大法此の国に流布して、月氏・漢土・一閻浮提の内の一切衆生、仏に成るべき事こそ有難けれ有難けれ」

と。

これこそ日蓮大聖人の究極の大願であられる。

以上のごとく三大秘法の大旨を拝すれば、まさに本門の題目によって個人の成仏が叶い、本門の戒壇によって国家・国土の成仏が叶うことがよくわかろう。そしてそのすべては、本門戒壇の大御本尊の無量無辺の功徳より発するのである。

(四)三大秘法の開合の相

ここでさらに、三大秘法の開合の相を拝する。

三大秘法は、合すれば本門の本尊の一大秘法となり、開すれば六義となる。この開合の相を心腑に染めれば、三大秘法の深義はさらに明了になる。

日寛上人はこの深義を依義判文抄に次のごとく御指南下されている。

「実には是れ一大秘法なり。一大秘法とは即ち本門の本尊なり。此の本尊所住の処を名づけて本門の戒壇と為し、此の本尊を信じて妙法を唱うるを名づけて本門の題目と為すなり、故に分ちて三大秘法と為すなり。

又本尊に人有り法有り、戒壇に義有り事有り、題目に信有り行有り、故に開して六義と成る。此の六義散じて八万宝蔵と成る。(中略)

当に知るべし、本尊は万法の総体なり、故に之を合する則は八万宝蔵但六義と成り、亦此の六義を合する則は但三大秘法と成り、亦三大秘法を合すれば則ち但一大秘法の本門の本尊と成るなり。故に本門戒壇の本尊を亦三大秘法総在の本尊と名づくるなり」

と。

御文の中の「六義」について説明すれば

「本尊に人有り法有り」とは、人の本尊は御本仏・日蓮大聖人であり、法の本尊は事の一念三千の南無妙法蓮華経の御本尊である。

また「戒壇に義有り事有り」とは、義の戒壇とは、広布以前に戒壇の大御本尊がまします所であり、さらに歴代上人書写の御本尊まします所も枝葉としてその義に当る。まさしく事の戒壇とは、御付嘱状・三大秘法抄の御遺命のままに、広宣流布の暁に富士山天生原に立てられる国立戒壇である。

また「題目に信有り行有り」とは、本門の題目は御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱え奉ることであれば、そこには信と行がある。信ずるだけでも不可、唱えるだけでも不可。信行具足して、始めて本門の題目といえるのである。

以上の「三大秘法開合の相」を図示すれば次のようになる。

「三大秘法開合の相」を示す図

なお、三大秘法のそれぞれに「本門」の二字が冠されているのは、この三大秘法は本門寿量品文底の秘法なるがゆえであり、また久遠元初の独一本門の大法なるがゆえである。二意はあっても、詮ずれば一意となる。

三、現当二世の大利益

現当二世とは、現世と当来世のこと。日蓮大聖人は現世のみならず、死後も未来永劫にわたりお救い下さる。これが現当二世の大利益である。

しかし人は言うであろう。「死んだ先のことなど、わかるものか」と。

だが、わかるのである。仏法は空虚な観念論ではない。すべて証拠を以て論ずる。その証拠とは「臨終の相」である。

臨終の証拠

臨終は人生の総決算である。その人が一生の内に為したあらゆる善悪の行為は、必ず臨終の相に顕われる。同時にその臨終の相は、死後の未来の果報を顕わしている。ゆえに成仏も堕獄も、臨終の相の善悪でわかるのである。

この厳然たる法則性を説き切った教えは、三世の生命を徹見した仏法以外にはない。

妙法尼御前御返事には

「日蓮幼少の時より仏法を学し候いしが、念願すらく、人の寿命は無常なり。乃至、されば先づ臨終の事を習うて後に他事を習うべしと思いて、一代聖教の論師・人師の書釈あらあら勘へ集めて此れを明鏡として、一切の諸人の死する時と並びに臨終の後とに引き向けて見候へば、少しもくもりなし」

と。

大聖人は清澄山で習学中のご幼少のとき、周辺で見聞する念仏者・真言師たちの悪臨終、すなわち狂乱あるいは大苦悶の中に死に、しかも死後の遺体が黒色であることに、大なる疑問を懐かれた。

そして臨終こそ人生の最大事なるゆえ「先づ臨終の事を習うて後に他事を習うべし」と思され、臨終について説かれている経論を集め、これを鏡として、一切の諸人の死するときの姿、並びに死後の相とに照らし合わせ見るに、「少しもくもりなし」と。すなわち臨終の相により、その人の堕獄、あるいは人・天、あるいは成仏ということが、明らかになる――と仰せられている。

では、地獄に堕ちる相とはどのようなものかといえば、死後、遺体が黒色を呈するのを「堕獄の相」という。

中国真言宗の元祖・善無畏三蔵は法華経を誹謗して地獄に堕ちたが、大聖人はその証拠を、臨終の相を以て判じておられる。

「善無畏三蔵は、乃至、死する時は『黒皮隠々として骨甚だ露わる』と申して、無間地獄の前相を其の死骨に顕わし給いぬ。人死して後 色の黒きは地獄に堕つとは、一代聖教に定むる所なり」

(神国王御書)と。

また千日尼御前御返事には

「人は臨終の時、地獄に堕つる者は黒色となる上、其の身重き事千引の石の如し。善人は設い七尺八尺の女人なれども、色黒き者なれども、臨終に色変じて白色となる、又軽き事鵞毛の如し、輭なる事兜羅綿の如し」

と。

大聖人の御教示はまことに克明である。地獄に堕ちる者は、臨終ののち身体全体が黒くなるうえ、遺体が異常に重くなる。一方、成仏を遂げた者は、たとえ生前色が黒くとも、死してのち色が白くなり、その遺体は軽く、かつ柔かい――と仰せられる。

臨終だけは自分の意志ではどうにもならない。その臨終の法則性をこのように説き切る仏法の凄さ、ただ驚嘆のほかはない。

成仏と堕獄だけではない。地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上・声聞・縁覚・菩薩・仏の十界のいずれに生ずるかは、すべて臨終の相にあらわれる。

また一生の行為の善悪には、世法上と仏法上の両面があるが、世法の善悪よりも仏法の善悪のほうが、臨終に強い影響を与える。

たとえば、世法における最大の悪行は殺人であるが、この悪行よりも正しい仏法を謗る謗法の罪はなお重い。殺人は堕地獄の因ではあるが、他人を殺すだけでは通常の地獄には堕ちても無間地獄には堕ちない。ただし父母を殺したときは無間地獄に堕ちる。しかしその期間は一中劫(約三億二千万年)といわれる。ところが謗法は無間地獄に堕ちてその期間は実に「展転して無数劫に至らん」(法華経譬喩品)と説かれている。

無間地獄とは、同じ地獄でも最大の苦痛ある地獄で、言語を絶する激痛が間断なく襲うから「無間」という。死後の堕獄など信じないという人は、生命が三世にわたることを知らないだけだ。だが臨終の相にそれが現われることを知れば、誰がこの厳然の証拠を否定できようか。

死は生命の消滅ではない、有相が無相になるという存在形態の変化にすぎない。有相が無相になり、無相はまた有相になる。これが生死なのだ。この生死を繰り返しつつ宇宙とともに生命は常住する。この生命の永遠を知れば、真に求めるべきは成仏であり、真に恐るべきは堕獄である。

もし大聖人の仰せのままに、一切の謗法を捨て、ただ御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱え奉れば、必ず現世には幸いを招き、臨終には成仏の相を現じ、死後の生命も大安楽を得させて頂ける。これが現当二世の大利益である。

謹んで本門戒壇の大御本尊を拝し奉れば、「右現当二世の為、造立件の如し」とお認めあそばされている。まさに戒壇の大御本尊は、末法の一切衆生の「現当二世の為」に御図顕下されたのである。何と有難いことであろうか。

四、日蓮大聖人こそ久遠元初の自受用身

久遠元初の自受用身とは、一言でいえば「いちばん大本の仏様」ということである。

一般世間では、仏教の元祖はインドの釈迦仏と思い込んでいるが、これは近々わずか三千年の歴史の中で見た仏教にすぎない。釈尊自身が経文において多宝如来・善徳仏・薬師如来・大日如来等々、多くの仏を説き明かしているが、この広漠の大宇宙には、過去・現在・未来の三世にわたり、また十方にわたって、星の数ほどの無数の仏が存在している。これを「三世十方の諸仏」という。

これらの諸仏は、目的もなしに漫然と出現されたのではない。法華経・方便品に

「諸仏世尊は、唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもう」

と説かれているように、諸仏はそれぞれ重要な使命・役割をもって、その時代、その国土に出現しているのである。

そして、これら諸仏のルーツをたどっていくと、ことごとくが本源の一仏にたどりつく。この本源の一仏を「久遠元初の自受用身」と申し上げる。

三世十方の諸仏は、すべてこの久遠元初の自受用身の垂迹応化(本仏が衆生の機に応じて迹を垂れ、姿を変えて出現すること)なのである。ゆえに諸仏は久遠元初の一仏より生じ、この一仏に帰趣する。

この趣きを天台大師は「百千の枝葉同じく一根に趣くが如し」と説明している。本源の一仏を「本仏」といい、垂迹応化の仏を「迹仏」という。インドの釈尊もこの迹仏に当るのである。

最初の下種

さて、久遠元初とは無始の始めといわれる。それがどれほどの昔になるか、凡夫の思慮の及ぶところではない。法華経の寿量品には、釈迦仏の久遠の成道を「五百塵点劫」と、気の遠くなるような長遠の劫数を挙げて説き明かしているが、久遠元初はこの五百塵点劫をさらに溯ること久々遠々「復倍上数」(復上の数に倍せり)の大昔である。

このとき、一人の聖人がましました。この聖人は透徹の智恵を以て御自身の生命を深く観ぜられ、「人法体一・事の一念三千の南無妙法蓮華経」という生命の極理を証得し、ひとり成仏の大境界に立たれた。この最初の仏が、久遠元初の自受用身である。

この本仏は大慈悲を起こされ、一切衆生をも成仏の境界に入れしめんと、人々に「南無妙法蓮華経と唱えよ」とお勧め下された。この最初の化導を「下種」という。すなわち仏に成る種の南無妙法蓮華経を、人々の心田に下されたのである。

この下種本仏の化導を受けて、素直に信じ唱えた人々は一生のうちに成仏を遂げることができた。下種仏法は一生成仏の大法なのである。

しかし逆い謗った者、あるいは信じても途中で退転した者は、悪道に堕して無数劫を経たのち、再び生れてくる。この下種仏法の長遠の化導の中で、逆謗・退転して一生成仏の叶わなかった衆生は、無量・無数億の数にのぼる。

熟脱の化導

これら無数億の衆生を救うために、こんどは垂迹応化の仏が「熟脱」の化導をされる。熟脱とは、過去すでに下されている仏種を調熟・得脱せしめることである。この熟脱の仏法においては一生成仏はない。生死を長劫にわたって繰り返し、その修行のうえに始めて仏果を得ることができる。これを歴劫修行という。

このように、仏は凡夫の想像を絶する長遠の時間にわたって、下種と熟・脱の化導をされている。これを種・熟・脱の三益という。

下種の本仏は「名字凡身」「本有無作」といって、本のまま、あるがままの凡夫身であるが、熟脱の仏は三十二相で身を荘厳る。この荘厳は何のためかといえば、衆生に尊敬の念を起こさせ、過去に下種された善根を育て得脱せしむるためである。

これら熟脱の仏は「世世番番の出世」といわれるが、垂迹第一番の五百塵点劫の本果の釈尊以来、どれほど無数の仏が出現されたことか。そしてその最後に出現されたのが、三千年前のインドの釈迦仏なのである。

この釈迦仏の一代五十年の説法により、過去下種を受けた衆生はすべて得脱し、さらに釈尊在世に洩れた衆生も正像二千年の間に生まれ、釈迦仏法によりあるいは熟し、あるいは脱したのであった。

久遠元初の自受用身 末法に出現

かくて末法に入ると、過去に下種を受けた本已有善(本已に善有り)の衆生は一人もいなくなり、衆生はことごとく本未有善(本未だ善有らず)の荒凡夫ばかりとなる。すなわち久遠元初と全く同じ状態になるのである。

このとき、久遠元初の自受用身が出現され、末法の一切衆生に下種の化導をされる。この御方こそ日蓮大聖人であられる。

行位全同

では、なぜ日蓮大聖人を久遠元初の自受用身と知ることができるのか。

日寛上人は「行位全同の故に」(当流行事抄)と御指南下されている。

行とは修行のこと。位とは仏法を行ずる人の位次のこと。天台はこの位次に理即・名字即・観行即・相似即・分真即・究竟即の六即を立てている。

すなわち、行においては、久遠元初の自受用身の修行も三大秘法であり、日蓮大聖人の御修行も三大秘法であられる。また位においては共に名字即で、三十二相などで身を荘厳らぬ凡夫身である。まさに行も位も全同である。

久遠元初の自受用身の修行が三大秘法であることは、三大秘法抄に

「夫れ釈尊、乃至、実相証得の当初修行し給う処の寿量品の本尊と戒壇と題目の五字なり」

と。

「実相証得の当初」とは五百塵点劫の当初、すなわち久遠元初である。そのときの修行が三大秘法であったことは、この御文によって明らかである。

また大聖人の御修行が三大秘法であられることは、義浄房御書に

「寿量品の自我偈に云く『一心欲見仏・不自惜身命』云云。日蓮が己心の仏果を此の文に依って顕すなり。其の故は、寿量品の事の一念三千の三大秘法を成就せる事此の経文なり。秘すべし秘すべし。乃至、一心に仏を見る、心を一にして仏を見る、一心を見れば仏なり。無作の三身の仏果を成就せん事は、恐らくは天台・伝教にも越え、竜樹・迦葉にも勝れたり」

と。

「三大秘法を成就」との仰せ、また「一心欲見仏」の三転読は、まさしく久遠元初の本地の自行そのままであられる。

また位が共に名字即の凡夫身であることは

総勘文抄に云く

「釈迦如来、五百塵点劫の当初凡夫にて御坐せし時、我が身は地水火風空なりと知ろしめして即座に悟を開き給いき」

と。

文中の「凡夫にて御坐せし時」の釈迦如来とは、名字凡身の久遠元初の自受用身の御事である。

大聖人が名字即であられることは、顕仏未来記に

「日蓮は名字の凡夫なり」

と仰せられている。

文証

次に久遠元初の自受用身即日蓮大聖人の文証を挙げれば、本因妙抄に云く

「釈尊久遠名字即の位の御身の修行を、末法今時の日蓮が名字即の身に移せり」

百六箇抄に云く

「今日蓮が修行は、久遠名字の振舞に芥爾計りも違わざるなり」

と。

まさしく大聖人の御振舞いは、久遠元初の自受用身の御振舞いを、そのまま末法に再現されたものである。ゆえに日蓮大聖人こそ久遠元初の自受用身であられる。

ゆえに百六箇抄には

「久遠元初の天上天下・唯我独尊は日蓮是れなり」

と仰せられている。

五、末法下種の主・師・親、大慈大悲の御本仏

日蓮大聖人は末法の一切衆生の主・師・親であられる。

ゆえに開目抄の結文には

「日蓮は日本国の諸人に主・師・父母なり」

と。

また産湯相承事には

「日蓮は天上天下の一切衆生の主君なり、父母なり、師匠なり」

と御教示下されている。

主徳

主徳とは、誰人も犯せぬ絶大威徳を以て、一切衆生をお救い下さる大恩徳である。

日蓮大聖人の絶大威徳は、竜の口と蒙古襲来の大現証を見れば、誰人も理屈ぬきにわかる。

竜の口の頸の座は、まさしく国家権力による絶体絶命の死罪であった。だが、思議を絶する「月のごとく光りたる物」の出現により、太刀取りは眼くらんでその場に倒れ伏し、警護の兵士たちも恐怖のあまり逃げ出し、みな砂浜に坐りこんで手を合わせてしまったのである。出世本懐成就御書には

「設い大鬼神のつける人なりとも、日蓮をば、梵釈・日月・四天等・天照太神・八幡の守護し給うゆへに、罰しがたかるべしと存じ給うべし」

と。

まさに大聖人は、目に灼きつく強烈な事実を以て下種御本仏の絶大威徳を見せて下さった。このゆえに我ら凡夫は、理屈ぬきに日蓮大聖人を、御本尊を、信じ切れるのである。

また蒙古襲来も、諸天に申し付けての絶大威徳を、顕わし給うたものである。

聖人知三世事には

「日蓮は一閻浮提第一の聖人なり。上一人より下万民に至るまで、之を軽毀し、刀杖を加え、流罪に処するが故に、梵と釈と日月・四天、隣国に仰せ付けて之を逼責するなり」

「一閻浮提第一の聖人」すなわち久遠元初の自受用身たる日蓮大聖人を流罪・死罪に処するがゆえに、諸天これを許さず、隣国にこの国を責めしめる――と仰せられる。

これも大聖人が諸天に申し付けての大慈大悲であられる。

ゆえに王舎城事には

「法華経の敵となりし人をば、梵天・帝釈・日月・四天 罰し給いて、皆人に見懲りさせ給えと申しつけて候。日蓮 法華経の行者にてあるなしは、是れにて御覧あるべし。乃至、あへてにくみては申さず、大慈大悲の力、無間地獄の大苦を今生に消さしめんとなり」

と。

御本仏を怨み迫害すれば、後生は必ず無間地獄に堕ちる――。大聖人が最も憂え不憫とおぼされるのはこの一事である。ここに大聖人は諸天に申し付けて蒙古の責めを起こさしめ、この現世の罰を以て日本国の一切衆生を改悔させ、もって後生の大苦をお救い下さるのである。

このことをさらに蒙古事には

「蒙古の事、すでに近づきて候か。我が国の亡びん事はあさましけれども、これだにも虚事になるならば、日本国の人々いよいよ法華経を謗じて万人無間地獄に堕つべし。彼だにも強るならば、国は亡ぶとも謗法はうすくなりなん」

と。

蒙古の責めにより、たとえ「国は亡ぶとも謗法はうすくなりなん」とまで仰せあそばす。これが三世を見透されての徹底の大慈悲であられる。

だが亡んで当然のこの日本国を、ついには冥々のうちにご守護下されている。これ、たとえ国中は未だ逆縁であっても、御本仏まします日本国は、すでに仏意の辺においては仏国なるがゆえである。

ゆえに滝泉寺申状には

「聖人国に在るは日本国の大喜にして、蒙古国の大憂なり」

と。

「聖人国に在り」との重き仰せ、よくよく拝すべきである。

まさに蒙古を襲来せしめたのも、撤退せしめたのも、大聖人御一人の力用による。これが諸天に申し付け給う大聖人の絶大威徳である。

諸天はどのように大聖人を常に衛護し奉っているのか。下種本仏成道御書には

「天照太神・正八幡宮も頭をかたぶけ手を合わせて地に伏し給うべき事なり。乃至、梵釈左右に侍り、日月前後を照らし給う」

と。

これが久遠元初の自受用身たる日蓮大聖人の大境界であられる。この御本仏を信じ奉るか背くかによって、日本国の存亡も人類の運命も決する。ゆえに

「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」

と仰せあそばす。この絶大威徳こそ主徳である。

師徳

報恩抄には

「日本国の一切衆生の盲目をひらける功徳あり」

と。

一切衆生は貪欲・瞋恚・愚癡の三毒の膜に覆われて成仏の道を知らず、見えない。これが盲目である。ここに大聖人は透徹の大智恵を以て、末法の成仏の大法をただ御一人知り給い、これを全人類に教えて下さった。

ゆえに乙御前御消息には

「抑、一人の盲目をあけて候わん功徳すら、申すばかりなし。況んや日本国の一切衆生の眼をあけて候わん功徳をや、何に況んや一閻浮提・四天下の人の眼のしゐたるをあけて候わんをや」

と仰せられる。

この教導の大恩徳を師徳という。

親徳

日蓮大聖人の御化導における「大慈大悲」を親徳という。

開目抄には

「されば日蓮が法華経の智解は天台・伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども、難を忍び慈悲のすぐれたる事は、恐れをもいだきぬべし」

と。

報恩抄には

「日蓮が慈悲昿大ならば、南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし」

と。

大聖人が、国中の悪口罵詈・流罪・死罪等の無量の大難を忍び給うたのは、ただ大慈大悲のゆえである。

ことに竜の口の巨難に引き続いての佐渡流罪は、どれほど苛酷なものであったか。住居として宛てられた塚原の三昧堂は一間四面の廃屋であった。その荒廃ぶりは

「上は板間あはず、四壁はあばらに、雪ふりつもりて消ゆる事なし。かゝる所に敷皮打ちしき、蓑うちきて、夜をあかし日をくらす。夜は雪・雹・雷電ひまなし、昼は日の光もさゝせ給わず、心細かるべきすまゐなり」

(成道御書)と。

当時の日本は寒冷期であったから、佐渡では零下二〇度~三〇度まで下ったと思われる。まさに骨まで凍る極寒である。その中で、寒を防ぐは蓑一枚、食は乏しい、そのうえ御命まで狙われていた。

「衣薄く、食ともし。乃至、現身に餓鬼道を経、寒地獄に堕ちぬ」

(法蓮抄)と。

この佐渡の厳冬を、大聖人様は三たびも忍び給うたのである。何と恐れ多いことか。この大慈大悲を親徳という。

この主・師・親の三徳を偲び奉るとき、ただ「有難い」「お慕わしい」の恋慕渇仰の思いが、胸の奥から込み上げてくる。

以上、五項にわたって大聖人様の甚深の御境界・大恩徳を拝し奉った。まさしく

日蓮大聖人こそ、末法の全人類を三大秘法を以て現当二世にお救い下さる、久遠元初の自受用身、末法下種の主・師・親、大慈大悲の御本仏であられる。