基礎教学書 - 日蓮大聖人の仏法

第六章

日蓮大聖人と釈迦仏の関係

一、下種の本仏と熟脱の迹仏

一般世間では、仏教の元祖はインドの釈迦仏で、仏法はすべて釈迦仏に始まると思っている。しかしこの常識は、近々わずか三千年の歴史において仏教を見たものに過ぎない。

この広漠の大宇宙には、釈迦仏以外にも多宝仏・善徳仏・薬師如来など、無数の諸仏が存在することが経文に説かれている。これらを「三世十方の諸仏」と総称する。そしてインドの釈迦仏は、この諸仏の中の一仏なのである。

では、末法御出現の日蓮大聖人と、これら三世十方の諸仏はどのような関係にあるのか。

これを知るには、仏の化導の始終たる「種・熟・脱」の三益を弁えなければならない。

観心本尊抄には

「設い法は甚深と称すれども、未だ種熟脱を論ぜざれば還って灰断に同ず。化の始終無しとは是れなり」

と。

秋元御書には

「種熟脱の法門、法華経の肝心なり。三世十方の仏は必ず妙法蓮華経の五字を種として仏に成り給へり」

と。

この三益を説明すれば

下種益とは、仏が始めて一切衆生の心田に仏になる種を下すこと。熟益とは、下された仏種を育成調熟すること。脱益とは、仏種が熟した衆生を成仏得脱せしむることである。

仏は、凡夫の想像を絶する長遠・無数劫にわたって、この種・熟・脱の三益を以て一切衆生を化導されているのである。

最初の下種

最初の下種が行われた時を「久遠元初」という。法華経の寿量品には釈尊の最初成仏の時を「五百塵点劫」といって、気の遠くなるような久遠の昔を説かれているが、久遠元初はこの五百塵点劫を溯ることさらに久々遠々の大昔である。

この時、一人の聖人がましました。この聖人は透徹の智恵を以て御自身の生命を深く観ぜられ、ついに南無妙法蓮華経という生命の極理を証得し、ひとり成仏の大境界に立たれた。この最初の仏を「久遠元初の自受用身」と申し上げる。

この本仏は大慈悲を起こされ、何としても一切衆生をもこの成仏の境界に入れしめんと、人々に「南無妙法蓮華経と唱えよ」とお勧め下された。この最初の化導が下種益である。仏に成る種である南無妙法蓮華経を、人々の心田に下されたのである。

この下種本仏の化導を受けて、素直に信じ唱えた人々は一生のうちに成仏することが出来た。南無妙法蓮華経は、一生のうちに種・熟・脱がある「一生成仏の大法」だからである。

しかし逆い謗った者や、信じても途中で退転したものは一生成仏が遂げられず、地獄・餓鬼・畜生等の悪道に堕して無数劫を経たのちに、再び人間として生まれてくる。

熟脱の化導

これら無数億の衆生を救うために、こんどは垂迹した仏が熟脱の化導をされる。

熟脱の仏は色相荘厳といって、鎌倉の大仏に見るごとく、眉間にイボのように白い毛が渦巻いている「眉間白毫相」とか、頭頂が盛り上がっている「頂上肉髻相」とかの、三十二相を以て身を荘厳っている。これは見る者をして愛好・尊敬の念を懐かしめ、衆生が仏を誹謗して過去に下種された善根を損なわぬようにとの相好である。

下種の御本仏は三十二相などで身を荘厳らない。名字凡身の御姿そのままである。これは衆生に損なうべき過去の下種善根がなく、謗ればかえって逆縁下種となって未来成仏の因となるからである。

熟脱の仏の説法は、まず爾前経(小乗経・権大乗経)を説き、次いで法華経の迹門を説いて過去の仏種を調熟し、最後に本門寿量品を説いて成仏得脱せしむる。これが熟脱の化導である。

これら熟脱の仏は、久遠元初からの垂迹第一番といわれる五百塵点劫以来、三千年前のインドの釈迦仏にいたるまで、どれほど多数出現されたことか。「世々番々に出世」されるこれら熟脱の仏を「三世十方の諸仏」というのである。

これら三世十方の諸仏は、ことごとく久遠元初の自受用身の垂迹である。垂迹とは天の一月が池に万影を浮べるように、久遠元初の御本仏が本已有善の衆生のために、本身を隠して三十二相をつけて処々に応化されることである。

されば三世十方の諸仏は無数であるが、根源の本仏は久遠元初の自受用身のただ一仏。また三世十方の諸仏の説く経々は無数であるが、根源の本法はただ南無妙法蓮華経の一法のみ。すなわち諸仏・諸経はことごとく久遠元初の本仏・本法より生じ、これに帰趣する。たとえば百千の枝葉が一根より生じ、一根に帰するのと同様である。

末法は即久遠元初

さてインドの釈迦仏は、久遠元初以来の長遠なる三益の化導の最後に出現した熟脱の仏である。この釈尊の説法により、久遠元初に下種を受けていた衆生はすべて得脱し、在世に洩れた衆生もその後正像二千年間に生まれ、ことごとく釈迦仏法によって脱し終ったのである。

かくて末法に入ると、過去に下種を受けている者は一人もなく、ことごとく本未有善の荒凡夫となる。これ久遠元初と全く同じ状態の再現である。遥かなる長遠の種・熟・脱の三益はここに一巡して、歴史は最初下種の時に戻ったのだ。ゆえに末法は即久遠元初、久遠元初は即末法なのである。

このとき久遠元初の自受用身は、末法の全人類をお救い下さるために出現される。その御方こそ、まさしく日蓮大聖人であられる。ゆえに大聖人の御振舞いは、久遠元初の自受用身の修行をそのまま末法に移されたものである。

このことを本因妙抄には

「釈尊久遠名字即の位の御身の修行を、末法今時日蓮が名字即の身に移せり」

と。

「釈尊久遠名字即の位の御身」とは久遠元初の自受用身の意である。この久遠元初の自受用身も三十二相をつけぬ名字凡身、大聖人も名字凡身。またその御修行はともに三大秘法。まさに久遠元初の自受用身と大聖人とは、位も修行も全同、ゆえに日蓮大聖人こそ久遠元初の自受用身の再誕であられる。

されば釈尊は前に出現しても熟脱の仏であり、大聖人は後に出現されても下種の本仏であられる。

ゆえに本因妙抄に

「仏は熟脱の教主、某は下種の法主なり」

観心本尊抄には

「彼は脱、此れは種なり」

と。

また諫暁八幡抄には、インド出現の熟脱の仏と、日本出現の下種の本仏の勝劣を対比されて

「天竺国をば月氏国と申す、仏の出現し給うべき名なり。扶桑国をば日本国と申す、あに聖人出で給わざらむ。

月は西より東に向へり、月氏の仏法東へ流るべき相なり。日は東より出づ、日本の仏法月氏へかへるべき瑞相なり。

月は光あきらかならず、在世は但八年なり。日は光明月に勝れり、五々百歳の長き闇を照らすべき瑞相なり。

仏は法華経謗法の者を治し給わず、在世には無きゆへに。末法には一乗の強敵充満すべし、不軽菩薩の利益此れなり。各々我が弟子等はげませ給へ、はげませ給へ」

と。

縦書きの崩し字で記された一紙のお写真
諫暁八幡抄(御真蹟)

この御文について日寛上人は

「学者まさに知るべし。蓮祖もし久遠元初の自受用身に非ずんば、焉んぞ教主釈尊に勝るることを得べけんや」

と指南下されている。

二、釈迦仏の説法の目的

釈迦仏は一代五十年において種々の法を説かれたが、その説法の目的は二つある。一には、釈尊在世および正像二千年の衆生を成仏得脱せしむること。二には、末法に久遠元初の自受用身たる日蓮大聖人が出現することを予言証明するためである。

(一)釈尊一代五十年の説法

では、まず釈尊一代五十年の説法を概観してみよう。

釈尊は十九出家・三十成道より八十歳の入滅まで、五十年間にわたって種々の法を説かれた。その説法の次第は華厳時、阿含時、方等時、般若時、法華・涅槃時の五時に分かれている。図示すれば次のようになる。

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釈尊一代五十年における五時の説法
五時 説法年数 大小乗区分 説かれた経々 発生した宗派 方便・真実
華厳時 二十一日間 権大乗 華厳経 華厳宗 前四十二年は方便
阿含時 十二年間 小乗経 増一阿含経・中阿含経・長阿含経・雑阿含経 倶舎宗・成実宗・律宗
方等時 十六年間 権大乗 勝鬘経・深密経・観経・雙観経・阿弥陀経・大日経・金剛頂経・蘇悉地経・楞伽経・大集経・金光明経・維摩経 法相宗・浄土宗(念仏)・真言宗・禅宗
般若時 十四年間 権大乗 摩訶般若経・光讃般若経・金剛般若経 三論宗
法華・涅槃時 八年間 実大乗 法華経・涅槃経 天台宗 後八年は真実

方便と真実

五十年の説法のうち、前四十二年は未だ真実を顕わさぬ方便の教えであり、これを爾前経とも権経ともいう。後八年の法華経は真実の教えである。

ゆえに法華経の序分たる無量義経には

「四十余年には未だ真実を顕わさず」

と説かれ

法華経・方便品には

「世尊は法久しうして後、要ず当に真実を説くべし」

「正直に方便を捨てて、但だ無上道を説く」

と説いている。

また、釈尊が説いたすべての経々の中で法華経が最も勝れた第一の経であることは、法華経法師品の次の文に明らかである。

「我が所説の諸経、而も此の経の中に於て法華最も第一なり。乃至、我が所説の経典無量千万億にして、已に説き、今説き、当に説かん。而も其の中に於て此の法華経 最も為れ難信難解なり」

と。

「已に説き」とは法華経以前の爾前経、「今説き」とは法華経と同時説法の無量義経、「当に説かん」とは法華経の後に説かれた涅槃経である。このように釈尊自身が一代の諸経の勝劣を判定して、「法華経こそ最第一で、唯一の成仏の経」と定められたのである。

すなわち釈尊は法華経を出世の本懐として直ちに説かんとされたが、衆生の機根が未熟であったので、まず四十余年の間は方便を説き、後に真実の法華経を説かれたのである。ゆえに法華経が説かれたのちは、四十余年の経々は捨てなければならない。

たとえば蔵を建てるにはまず足場を組む、しかし蔵が建ったのちには足場を取り除くのと同じ。法華経は蔵であり、それ以前の爾前経は足場なのである。しかるに念仏・真言・禅・律等の諸宗は、足場である爾前経に執着して、蔵たる法華経を誹謗するから邪法というのである。

法華経は三大秘法を含む経

さて、蔵が大事なのはその中に宝があるからだ。では、法華経という蔵にはどのような宝が秘蔵されているかといえば、それは南無妙法蓮華経すなわち三大秘法である。法華経の本門寿量品の文底には、実に成仏の根源の大法たる三大秘法が秘沈されている。このゆえに釈尊は法華経を出世の本懐とされた。いや釈尊だけではない、三世十方の諸仏もことごとく法華経を本懐とされているのである。

このことを大聖人は三大秘法抄に

「法華経を諸仏出世の一大事と説かせ給いて候は、此の三大秘法を含みたる経にて渡らせ給えばなり。秘すべし、秘すべし」

と仰せられている。

法華経は二十八品から成り立っている。序品より始まる前半十四品を迹門といい、涌出品から始まる後半十四品を本門という。迹門の肝要は方便品であり、本門の肝要は寿量品である。

三大秘法は、この本門寿量品の文底に秘し沈められている。文底秘沈であるから経文の面には顕わに説かれていない。しかし過去の仏種純熟せる舎利弗・目連等の在世の衆生は、この寿量品の文上の説法を聞いて、よく、その文底に在る久遠元初の根源の種子を覚知し、成仏することができた。これが脱益の化導の究極、すなわち文上体内の寿量品の利益である。

ただし、この本門寿量品も釈尊在世の脱益であって、末法の衆生には何の利益もない。末法はただ文底に秘沈された下種の南無妙法蓮華経によってのみ成仏が叶うのである。

ゆえに観心本尊抄には

「在世の本門と末法の初は一同に純円なり。但し彼は脱、此れは種なり。彼は一品二半(寿量品と前後の半品)、此れは但だ題目の五字なり」

と。

また上野抄には

「今末法に入りぬれば、余経も法華経も詮なし、但南無妙法蓮華経なるべし」

と仰せられるのである。

(二)日蓮大聖人御出現の予言証明

さて、久遠元初の自受用身が末法に出現されるとあれば、釈迦仏にとってこれほどの重大事はない。さればこの御本仏の出現を予言・証明し、末法の一切衆生に日蓮大聖人と三大秘法を信ぜしめることこそ、釈迦仏の一大使命である。そしてこの大事を説いたのが、法華経なのである。

ゆえに法華経は、一応は釈尊在世の衆生のため、再応は実に日蓮大聖人ご出現の予言証明のために説かれた経である。

では、法華経におけるその予言証明を具に見てみよう。

釈尊はまず宝塔品において、一会の弟子たちに対し滅後末法の弘通を勧められた。

「大音声を以て普く四衆に告げ給わく、誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かん。今正しく是れ時なり、如来久しからずして当に涅槃に入るべし、仏、此の妙法華経を以て付嘱して在ること有らしめんと欲す」

「諸の大衆に告ぐ、我が滅度の後に、誰か能く斯の経を護持し読誦せん。今仏前に於て自ら誓言を説け」

等と、三たびにわたって強く末法弘通を勧奨された。これを「三箇の勅宣」という。

また提婆品において、悪人成仏と女人成仏を示して滅後末法に弘通すべきことをさらに諫暁された。これが「二箇の諫暁」である。

この「三箇の勅宣」「二箇の諫暁」に驚き、釈尊の弟子たる迹化・他方の菩薩たちはただ仏意に叶わんと、一斉に末法の弘通を願い出た。その誓言が勧持品二十行の偈である。

その誓言の中に、末法弘通において受けるであろう大難の相を「悪口罵詈」「及加刀杖」「数数見擯出」等と示している。「悪口罵詈」とは、国中から悪口され罵られること。「及加刀杖」とは、刀で切られ杖で打たれること。「数々見擯出」とは、幾たびも流罪されることである。

これらの大難の相は、迹化の菩薩等が釈尊の仏力によって自と知り得たものであるから、これは仏の金言である。そして弟子たちは一同に「我身命を愛せず、但無上道を惜しむ」と誓言している。

地涌の菩薩

ところが釈尊は「自ら誓言を説け」と促しながら、涌出品において思いもかけぬことを発言された。

「止みね、善男子。汝等が此の経を護持せんことを須いじ」

と。

迹化・他方の菩薩たちの弘通の熱誠を、「止みね」の一言で制止されたのである。

なぜか――。それは迹化・他方の菩薩たちには、流罪・死罪という大難が重なる末法の弘通は、とうてい堪えられない等のゆえである。

さらに釈尊は大音声で菩薩大衆に告げた。

「我がこの娑婆世界には、自ら六万恒河沙の菩薩あり。その一々の菩薩にまた六万恒河沙の眷属あり。この諸人等、よく末法においてこの大法を弘めるであろう」

(取意)と。

こう言い終わったとき、娑婆世界の大地が震裂して、その中から無量千万億の菩薩が同時に涌出した。これら無数の菩薩を、大地より涌出したゆえに「地涌の菩薩」という。

この地涌の菩薩の大集団に、ひときわ巍々堂々として尊高なる一人の大導師がましました。この御方を上行菩薩と申し上げる。

上行菩薩に付嘱

次いで釈尊は、寿量品の文底に下種の御本尊を説き顕わし、神力品においてこれを上行菩薩に付嘱した。そして同じく神力品において、この上行菩薩が末法に出現して三大秘法を以て全人類を救済されることを、次のごとく高らかに三千大千世界に宣言された。

「日月の光明の能く諸の幽冥を除くが如く、斯の人世間に行じて能く衆生の闇を滅せん」

と。

日月の光明が地上の一切の闇を除くように、この上行菩薩は末法に出現して全人類の闇をよく滅するであろう――と宣明されたのである。

この神力品の付嘱こそ、釈尊の熟脱仏法から、日蓮大聖人の下種仏法への大転換を明示したものである。

さらに薬王品には、三大秘法の広宣流布の時を定めて

「我が滅度の後、後の五百歳の中に、閻浮提に広宣流布して断絶せしむること無けん」

と。

「後の五百歳」とは釈尊滅後の第五の五百歳、すなわち末法の始めの五百年である。このとき上行菩薩が出現して三大秘法を弘める――と示されたのである。

この予言はいささかも違わず、日蓮大聖人の御出現はまさに末法に入って百七十一年目であられた。

では、日蓮大聖人を上行菩薩の再誕とは、何によって知ることができるのかといえば、勧持品を色読されたことによる。

前述のごとく、釈尊は勧持品において上行菩薩が受けるべき大難を「悪口罵詈」「及加刀杖」「数数見擯出」と示し、もし末法において、法華経の肝心たる南無妙法蓮華経を弘めてこの大難を受ける人あらば、その人こそ上行菩薩であると説き示した。

釈尊滅後二千余年、全世界において、このような大難を受けた人がどこにいようか。

ただ日蓮大聖人御一人であられる。

ゆえに開目抄には

「抑、たれやの人か衆俗に悪口罵詈せらるる、誰の僧か刀杖を加へらるる、誰の僧をか法華経のゆへに公家武家に奏する。誰の僧か数数見擯出と度度ながさるる。日蓮より外に日本国に取り出さんとするに人なし」

と。

されば大聖人こそ上行菩薩その人であられる。

ただし、これは経相に準じた外用の辺である。もし内証の深秘を拝せば、大聖人の御振舞いは、久遠元初の自受用身の御振舞いを、そのまま末法に再現されたもの。まさしく行位全同である。よって日蓮大聖人こそ久遠元初の自受用身の再誕であられる。

ゆえに日寛上人は文底秘沈抄に

「若し外用の浅近に拠れば、上行の再誕日蓮なり。若し内証の深秘に拠れば、本地自受用の再誕日蓮なり。故に知りぬ。本地は自受用身、垂迹は上行菩薩、顕本は日蓮なり」

と。

まさに外用は上行菩薩、内証は久遠元初の自受用身、かかる尊貴の御仏の出現を、釈迦仏は法華経において予言・証明したのであった。