きょうの総幹部会もまことに素晴らしいですね。
一人ひとりの登壇が信心の感激と広宣流布の決意に満ち、大感動いたしました。
このように清らかで力強い集会は、日本国のどこにもない。世間の集会はみな三悪道・四悪道ですよ。
なぜ顕正会の集会はこれほど清らかで素晴らしいのか。それは
日蓮大聖人の弟子・地涌の菩薩の集会だからです。すなわち
大聖人様の仰せのままに、人を救い国を救わんとの決意に立つ、菩薩の集会だからであります。
さて一月は、教学の大熱風が全顕正会に巻き起こりましたね。
“大聖人様の御事をもっと深く知りたい、もっと信心を深めたい”――この全員の求道心がまことに有難い。受験者総数は約三万名とのこと、すごいですね。
大聖人様は流罪の地・佐渡で著わされた諸法実相抄に、こう仰せ下されている。
「行学の二道をはげみ候べし。行学絶へなば仏法はあるべからず。我もいたし人をも教化候へ。行学は信心よりをこるべく候。力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」と。
まことに懇切な御教示であられる。
いいですか。
「行学の二道」とは、「行」とは勤行と折伏のこと。「学」とは日蓮大聖人の仏法を学ぶこと。
この「行学の二道」がもし絶えてしまったら、仏法はなくなってしまう。ゆえに我も行学をはげみ、人をも教化しなさい。行学は信心より起こるのである。力あれば、たとえ一文一句であっても語っていきなさい――と仰せ下されている。
これが大聖人様の弟子たる我々の信心の在り方なのです。
この仰せを拝すれば、勤行と折伏、そして教学がいかに大事かということが、よくわかりますね。
そして教学は、何も学者になるためでもなければ名利のためでもない。まさに信心を深めるためなのです。
だから「信心に始まり信心に終わる。有難いに始まり有難いに終わる」これが顕正会の教学であります。
どうか「基礎教学書・日蓮大聖人の仏法」を繰りかえし読み、信・行・学兼備の人材になって広宣流布を進めてほしい。私は心から願っております。
さて本日は、広布の決戦場第三年の初陣。いよいよ戦闘開始であります。
二月・三月・四月の顕正会全体の弘通誓願は「二万」といたします。
いま日本は、コロナの爆発的拡大、そして始まり出した物価上昇などで浮き足立っております。この大疫病は、やがて現われる他国侵逼の前相・前兆であります。
この亡国の大難に打ち勝つには、日蓮大聖人に帰依する以外にない。広宣流布・国立戒壇建立以外にはない。そしてこの戦いに御奉公するのは、もう顕正会以外にはないのです。
この初陣、何としても「二万」を大きく突破して、大聖人様に応え奉りたい、こう私は強く念願しておりますが、みなさん、どうでしょうか。(大拍手)
私はいま、日本の破局が急テンポで迫りつつあるを、ヒシヒシと感じております。その理由は以下の三つです。
まず第一に日本の財政破綻。
いま世界中に突如としてインフレが始まって来ましたね。この原因は、コロナの拡大阻止のため各国政府が大規模な財政出動・金融緩和を実施したことによる。その結果、大量のカネが市中にあふれ、インフレが始まって来たのです。
アメリカの昨年12月の消費者物価指数は前年同月比で7.0%上昇した。これは1982年6月以来の伸びで、実に39年ぶりのインフレです。
アメリカ政府はこのインフレが長く続くことを最も恐れ、昨年12月15日、アメリカの中央銀行に相当する「FRB」は、量的金融緩和の縮小の加速を打ち出すとともに、2022年(令和4年)中に3回の金利引き上げを実施する意向を示した。
この発表は世界に衝撃を与えた。
中でも日本は、安倍晋三の財政規律を無視した異次元金融緩和により、国の借金はすでに1166兆円。これはGDP(国内総生産)の2・2倍で、世界の最悪。いつ国家財政が破綻してもおかしくないという状態にまでなっている。
だからこそ、矢野康治・財務事務次官が「このままでは国家財政は破綻する」と題する一文を、捨身で文藝春秋十一月号に発表したのです。
あれを発表したのも、“このまま黙っていることは無責任である、臆病である”という思いだったのでしょう。上司の麻生財務大臣にも前もって見せたという。
そもそも日銀には「通貨の番人」としての重大使命がある。ゆえに曽ての日銀は、暴落する可能性のある金融資産、株や国債などの金融資産は、絶対に保有しなかった。
しかし今の日銀は独立性を失い、安倍政権の下請けになってしまった。そこで株価維持のために日本株を大量に購入し、国債も21年7月末で504兆円も保有するにいたった。
この日本に、米国発の金利引き上げという大波が襲ったら、どうなるのか。
たちまち日米の金利差拡大によって円は急落し、輸入に頼っている日本は物価が高騰し、株は暴落する。
だったら、日本も米国と同じように金利を上げたらいいではないかと思うが、日本が金利を上げたら国債の利回りも上がって国債価格が暴落する。だから金利を上げたくとも上げられないのです。
かくて株と国債を大量に抱え込んでいる日銀は、やがて債務超過に陥る。債務超過に陥った中央銀行が発行する通貨など、世界の市場が信認しない。よって円はさらに暴落し、制御不能のハイパーインフレが日本を襲うことになる。
まさに米国の利上げが始まる本年こそ、日本が金融崩壊・経済崩壊へ向かうターニングポイントになるのであります。
第二には、異常気象が世界的な食糧危機をもたらすこと。
いま異常気象による災害が世界に頻発してますね。アメリカでは昨年十二月に未曽有の大竜巻が発生し、さらにトンガでは海底火山の大爆発が起き、島がなくなってしまった。これも未だ曽てない異変です。
だがそれよりも、昨年は地中海全域・シベリア・北米西海岸などで大規模な山火事が頻発し、北半球の各地で大旱魃が起きたのです。
その影響で、世界の昨年の小麦価格は4ヶ月連続で上昇を続け、10月にはさらに5%上昇、前年比で38・3%も上昇し、2012年11月以来の最高水準に達した。
ことに食糧の中でも、小麦の主要生産国であるロシア・カナダ・米国の収穫量が激減したので世界的に需要が逼迫し、いま「食糧インフレ」は史上最悪の様相を呈するにいたった。
その中で、14億人という世界最大の人口を有する中国の食糧事情はことに深刻です。いま習近平政権はなりふり構わず、世界中から食糧を買い漁り、備蓄に努めている。
習近平が最も恐れているのは14億の民衆の反乱です。飢餓は何よりも反乱を招きやすい。食糧の備蓄こそ内政安定のカギとなる。そこで中国の覇権主義が食の分野にまで及び、世界の食糧の争奪戦を中国が主導する形になっているのです。
いま日本の食糧自給率はカロリーベースで過去最低の37%ですよ。不足分を輸入しなければ、日本はどうにもならない。
今後ますます気象異変が頻発する中、食糧の争奪戦は激しさを増す。輸入に頼るだけの日本はいったいどうなるのか。食糧不足こそ人類にとって、最も深刻な問題なのであります。
第三には、アメリカの衰退と中国の台頭です。
アメリカは第二次世界大戦以後、経済力・軍事力ともに世界第一で、世界を取り仕切る覇権国であった。
だがオバマ大統領のとき「アメリカはもう世界の警察官ではない」と言い出した。すなわち経済力が衰えてきたのです。そして今やアフガニスタンからも撤退しましたね。
それに比べて今の中国は経済成長率においてすでに米国を上回わり、2028年にはGDP(国内総生産)で米国を追い抜くことが確実と言われている。
しかしこの中国も、曽ては世界の最貧国の一つだったのです。これは中国共産党を作り上げた毛沢東が「文化大革命」とか「大躍進運動」などの無謀な政策を強行したことによる。
その中国経済を立て直すべく、毛沢東の片腕といわれた周恩来は、日本の経済力を利用せんとしたのです。
彼は創価学会に目を付けた。創価学会は当時爆発的に伸びており、公明党という政党まで作っていた。この公明党で日本政府を動かすことはできないか――と、周恩来は目を付けたのです。
さすが革命運動で鍛えてきた周恩来ですね。彼は有吉佐和子という中国と親しい女流作家を通し、学会に働きかけた。
功名心に駆られた池田大作はこれに乗った。そして公明党を使って日本政府を動かし、「日中友好」の名のもとに、ついに中国に経済支援がなされるようになったのです。
日本からの対中支援ODAは40年間にもわたり、その総額は実に6兆円にも及んだ。この巨額の支援によって中国経済は息を吹き返したのです。そして今や強大な軍事国家となり、かえって日本を脅かすに至ったのであります。
この中国はいまロシアと軍事提携をしている。両国ともに米国の衰退を見て動き出したのです。
昨年10月には、中国とロシアの両海軍合わせて10隻の合同艦隊が、日本海で大規模な演習をしたのち、そのまま津軽海峡を通過して日本列島を一周した。これは明らかに日本への威嚇であります。
また中国の支援を受けて北朝鮮も、民衆の飢餓など無視して、「極超音速ミサイル」を開発するにいたった。その発射実験は本年に入ってすでに4回もやっている。
その狙いは、アメリカに対する牽制とともに、日本列島を狙っていることは言うまでもない。今や北朝鮮のミサイルは日本列島のいかなる所にも撃ち込むことができる態勢になっているのです。
日本はいつのまにか、強力な核兵器を持ち、かつ侵略性の強い独裁国家の、中国・ロシア・北朝鮮の三国に取り巻かれてしまったのであります。
日本国憲法は「戦争放棄」「戦力不保持」「交戦権の否認」というお伽噺のような第九条を定めている。これでは国家の存立は不可能です。
そこで、戦勝国としてこの憲法を日本に押しつけたアメリカは、日米安全保障条約によって日本を守ることを約束した。
だが、今や世界の核弾頭は1万3000発。もし核の全面戦争が起きたら勝者はないのです。
国益を無視してまでアメリカが日本を守るはずがない。中国の侵略に対して、アメリカは日本に尖兵的な役割を必ず求める。すなわち「日本の防衛は、まず日本が戦うべきである」と言うに違いない。
そのとき日本は、中国の強大な核ミサイルによって血祭りに上げられる。いま日本は、台湾とともに最も中国から狙われているのであります。
では、なぜこのような大難が、急テンポに日本に迫って来たのか。世間の人々は誰もその根本原因を知らない。
大聖人様は弘安四年の「十字御書」にこう仰せ下されている。
「影は体より生ずるもの、法華経をかたきとする人の国は、体に影の添うがごとく、わざわい来たるべし」と。
「法華経をかたきとする」とは、日蓮大聖人こそ生きてまします下種の法華経であられる。当時の日本国は、邪法の悪僧らの煽動によって一国こぞって日蓮大聖人を迫害した。
そしてなんと、竜の口で御頸まで刎ねんとしたのであります。血の凍るようなこの恐るべき大逆罪、その罰はどのようなものか。
下山御消息には
「大禍は、現当二世にのがれがたくこそ候わんずらめ」と。
この「現当二世」とは、個人に約しての現世と来世の意とともに、国家に約して、御在世の日本と、未来の日本国を意味する。
いいですか。
御在世の日本国は、あろうことか大恩徳まします日蓮大聖人の御頸を刎ね奉らんとした。その大罰として国亡びんとする大蒙古の責めがあったのです。
だが大聖人様の大慈悲たるや、この大罰を用いて日本国の一切衆生を改悔せしめ、後生の無間地獄の大苦をお救い下さったのであります。
ゆえに建治二年の四条抄には
「法華経の敵となりし人をば、梵天・帝釈・日月・四天 罰し給いて、皆人に見懲りさせ給えと申しつけて候。日蓮 法華経の行者にてあるなしは是れにて御覧あるべし。乃至、あへて憎みては申さず、大慈大悲の力、無間地獄の大苦を今生に消さしめんとなり」と。
なんと有難い仰せでありましょうか。
凡夫は知らずとも、末法下種の御本仏を憎み迫害するならば、必ず後生には無間地獄に堕ちる。凡夫が平気でいるのは後生を知らないからにすぎない。後生に堕獄するとは、その証拠がある。「臨終の相」を見ればわかるのです。
だが人々はそれを知らない。だから恐れげもなく大聖人様を迫害し、後生には無間地獄に堕ちてしまうのです。
これを不憫と思され、大聖人様は諸天に申しつけて大蒙古の責めを起こさしめ、その大罰を用いて人々に改悔の心を生ぜしめ、さらに未来に仏に成るべき種を植えて下さった。これが御在世の逆縁広宣流布であります。
だが第六天の魔王は、広宣流布の前夜にも御遺命を破壊せんと、大障碍をするのです。
広布の前夜、第六天の魔王は正系門家において最大の権力者である池田大作の身に入った。
すると彼は忽ち、それまで
「国立戒壇の建立こそ日蓮正宗の宿願であり、また創価学会の唯一の大目的である」(大白蓮華59号)
などと叫んでいたにもかかわらず、「御書には国立戒壇という言葉はない」などと見えすいたウソを言い出し、国立戒壇を否定し始めた。
これ、政治野心に燃える池田大作にとって“国立戒壇は世間の抵抗が多く、選挙の邪魔になる”と思ったからです。
やがて彼は「国立戒壇の否定」を昭和三十九年五月三日の創価学会第二十七回総会で正式に発表し、同時に「正本堂の建立」を始めて公表した。
そして彼は、この正本堂を「御遺命の戒壇」と認めるよう宗門に迫った。
これに対し、池田大作の威を恐れ、へつらう宗門は、昭和四十五年四月二十七日に責任役員会を開き、「国立戒壇の否定」を議決した。これで国立戒壇放棄は宗門の公式決定となったのです。
さらに昭和四十七年四月二十八日には、日蓮正宗管長が発布する「訓諭」、これは“宗門全体を嚮導する最高の指南”といわれているが、その訓諭を以て「正本堂は御遺命の戒壇に当る」と決定したのです。
ここに、日蓮大聖人の唯一の御遺命である国立戒壇は、正系門家から完全に消滅したのであります。
そのうえ池田大作はあろうことか、「弘安2年の御本尊は受持の対象にはしない」との文言を会長・原田稔に言わせ、「本門戒壇の大御本尊」を捨て奉った。これこそ第六天の魔王その身に入った者の所行でなくて何か。
一方、宗門は、罰によって学会との抗争に陥るや、戒壇の大御本尊を敵視している身延派とも連携し、これら大謗法の悪僧どもを相次いで大石寺に招いた。戒壇の大御本尊を怨嫉している者を、あろうことか大御本尊のおそば近くに招いて、饗応したのです。
そして今や、わずかな収入を得るために「付け願い」まで許して、御開扉料稼ぎに狂奔している。
学会・宗門ともに、何たる師敵対、何たる無道心か。彼らはすでに大聖人様を忘れ奉っているのです。
正系門家がこのように濁乱して、日本が保つわけがない。
大聖人様は富木殿御返事に
「仏法は体のごとし、世間は影のごとし、体曲れば影ななめなり」と。
また伝教大師の正系門家・叡山にこと寄せて、次のごとく仰せられている。
「仏法の滅不滅は叡山にあるべし。叡山の仏法滅せるかのゆえに、異国 我が朝をほろぼさんとす」と。
いま末法においては、御本仏・日蓮大聖人の正系門家は富士大石寺以外にはない。その富士大石寺において大事の御遺命が消滅し、恐れ多くも戒壇の大御本尊をも八百万学会は捨て奉ったのである。
どうして他国侵逼の大罰が起こらぬことがあろうか。ここに今、中国のただならぬ動きがあるのです。
だが、大聖人様は御遺命破壊の大悪を断じて許し給わず。ゆえに顕正会をして諫暁せしめ、諸天をして学会・宗門を自界叛逆せしめ、ついに偽戒壇・正本堂を崩壊せしめ給うたのであります。
いいですか。正本堂は350億円の巨費を投じて建設された豪壮絢爛の大殿堂ですよ。
これが完成したとき「時の貫首」は「正本堂は広宣流布の暁には本門寺の戒壇たるべき大殿堂なり」と宣言し、さらに「この正本堂に戒壇の大御本尊を永久に安置する」とも公表した。
また池田大作は正本堂の記念品埋納式において「一万年後に、この正本堂地下室を開ける」とまで壮語した。
その正本堂が、わずか二十六年で崩壊したのです。まさに凡慮を絶する不思議とはこのことです。
顕正会員はこの大現証を、刮目して拝さねばなりません。
これこそ大聖人様の、大悪は断じて許し給わぬとの御心による大現証であります。
さらに、もう一つ、大聖人様が見せて下さった大現証がある。
それは「大扉開かず」の大現証であります。
このこと、以下に簡略に説明します。
阿部日顕は信心も薄く、大聖人の御眼を恐れぬ、無道心・名利の僧であった。
彼は池田大作にへつらって「国立戒壇論の誤りについて」と「本門事の戒壇の本義」という二冊の悪書を書いた。その内容は、国立戒壇を否定して、正本堂を「御遺命の戒壇」とする、大謗法の書であった。
にもかかわらず、彼は偽戒壇・正本堂が崩壊したのちも、己の面子を守るため、平成十六年八月の「全国教師講習会」において、次のような卑劣な発言をしていた。
「『国立戒壇論の誤りについて』と『本門事の戒壇の本義』は、私が書いたけれども、そこにはたしかに、戒壇の建物は広布完成前に建ててよいとか、正本堂が広布時の戒壇の建物と想定するような、今から見れば『言い過ぎ』や『はみ出し』があるけれども、これはあくまで正本堂の意義を三大秘法抄の戒壇に作り上げようとした創価学会の背景によらざるをえなかったのです。(中略)ですから、正本堂がなくなった現在、その意義について論ずることは、はっきり言って、全くの空論である」と。
何という卑怯な男か。彼は「二冊の悪書」は池田大作の意向によって書かされたのだと言っているのです。さらに
「言い過ぎやはみ出しがあっても、すでに正本堂が消滅した今となっては、その意味を論ずることは全くの空論である」
と嘯いている。まさに無慚無愧とはこのことです。
いいですか。
「二冊の悪書」は、三大秘法抄の聖文の一々を曲会して「正本堂こそ三大秘法抄に示された御遺命の戒壇である」と謀った大謗法の書ですよ。
もしこれが「言い過ぎ」や「はみ出し」で許されるならば、法然の「捨・閉・閣・抛」も、弘法の「第三戯論」も、慈覚・智証の「理同事勝」も許されることになるではないか。
真の懺悔というのは、もし自分が仏法に背いたことに気がついたら、世親のごとく馬鳴のごとく、自ら「舌を切らん」あるいは自ら「頭を刎ねん」の姿でなければならぬ。
だが阿部日顕には、このような道念の欠片もなかった。あるのは己の保身だけであった。
さらに、これにも増して重大な謗法の悪言を、彼はこの講習会で吐いていた。それは「国立戒壇」をなおも強く否定して、次のごとく述べていたことです。
「道理から言っても国立戒壇は誤りですから、『国立戒壇論の誤りについて』の中において、国立戒壇が間違いだと言ったことは、正しかったと思っております」
と平然と述べた。
そもそも正本堂とは、国立戒壇を否定するために建てた偽戒壇ではないか。その化けの皮は顕正会の呵責によってすでに剥がされたうえ、正本堂は崩壊している。にもかかわらず、なお国立戒壇を執拗に否定する執念こそ、池田と同じく阿部もまた、天魔その身に入るの悪人である。
かかる御遺命に敵対する者が正系門家の「貫首」として盤踞するを、大聖人様がお許しあそばすわけがない。日本国の亡国も加速する。
私は顕正会の命運を賭して事を一挙に決せんと、改めて阿部日顕の三大謗法を挙げて、平成十七年三月二十五日、公開対決を申し入れた。
三大謗法とは次の三つです。
一には、大聖人の唯一の御遺命たる国立戒壇を二冊の悪書で否定したこと。
二には、戒壇の大御本尊を怨嫉する身延派高僧らを幾たびも大石寺に招き入れた謗法与同。
三には、昭和五十三年二月七日、腹心の僧・河辺慈篤を帝国ホテルの一室に呼び出し、ひそかに戒壇の大御本尊を誹謗し奉る悪言を吐いていたこと。
――これを聞いた河辺は飛び上がるほど驚き、帰るなりそれを克明に書き留めた。そのメモが二十一年後に流出し、すべての事がわかったのです。これも諸天の働きであります。
この三大謗法を列挙した上で私は「勝負決着後の双方の責務」を次のごとく阿部に通告した。
「○小生が敗れた時は、直ちに顕正会を解散する。○貴殿が敗れた時は、直ちに、不敬かつ悪人侵入の恐れある御開扉を中止し、貴殿は猊座を退き謹慎する。
なお対決は貴殿と小生の一対一で行うものとするが、万一にも貴殿不都合の場合は、貴殿と同等の責務を負うことを條件として、僧侶・信徒を問わず代人を立てるを認める」
と記して送附した。
だが阿部日顕は言を左右にして、ついに公開対決を逃げてしまった。
対決が不可能になったうえは、改めて文書を以て阿部日顕の三大謗法に止めを刺し、仏法を守護しなければならぬ。
私は平成十七年八月二十八日、「最後に申すべき事」と題した一書を阿部日顕に送附した。この書は阿部日顕の、大聖人様に背き奉る邪智・悪逆の骨髄を断ち、天魔その身に入るその正体を白日の下に晒したものです。
文末に次のごとく記した。
「これが小生の最後の諫めである。もしこの言を卑しんで一分の改悔もなければ、後生の大苦こそまさに恐るべし。顕立正意抄の仰せに云く『我が弟子等の中にも信心薄淡き者は、臨終の時阿鼻獄の相を現ずべし。其の時我を恨むべからず』と。
以上、用捨は貴殿に任す。小生はただ謹んで
御本仏日蓮大聖人に言上し、御裁断を仰ぎ奉るのみである」と。
そして不思議なことが起きたのです――。
十一月七日、阿部日顕が御開扉の導師を務めんとしたとき、須弥壇の大扉がどうしても開かなかったのです。この大扉は電動であるが手動でも開けられる。直ちに大勢の青年僧が手動で開けようとしたが、大扉はビクとも動かなかった。ついに御開扉は中止のやむなきに至った。
やがて阿部日顕は立ち上がり、「御開扉料は返します」と一言述べただけで、憮然・悄然として導師席から下りた。
このような不思議は宗門七百年の歴史に曽てない。
この不思議を眼前にして、阿部日顕は心の底から畏れ慄いたのでしょう。その翌月、猊座を退いた。
これ「最後に申すべき事」を送附してから三ヶ月後の平成十七年十二月十五日のことであった。
実はこの前年、阿部日顕は「法主」の地位に固執するあまり、宗規にわざわざ次のような条項を加えていたのです。
「法主は、遷化又は自らの意志による以外は、その地位を退くことはない」と。
だが、この小細工も虚しかった。大聖人様がお許しにならなかったのです。
いいですか。
「正本堂の崩壊」と「大扉開かず」という凡慮を絶する二つの大現証こそまさしく、大聖人様は断じて御遺命破壊の大悪を許し給わずの大現証であります。
御本仏の御遺命は金剛不壊である。誰人も壊わせないのです。
そして大聖人様は「前代未聞の大闘諍」が起こるとき、そして「他国来難」が日本を襲うとき、この大罰を用いて、一時に広宣流布をあそばすのです。
ゆえに上野抄には
「ただをかせ給へ、梵天・帝釈等の御計いとして、日本国一時に信ずる事あるべし」
と仰せあそばす。
この重大御化導をお手伝い申し上げるのは、御遺命守護のゆえに解散処分を受けるとも一筋の忠誠を貫き、いま三百万の仏弟子の大集団に成らんとしている顕正会以外には、断じてあるべくもない。
さあ、広布決戦場第三年の初陣、全組織が、大歓喜の中にともに励まし合い、誓願を大きく突破し、何としても大聖人様に応え奉ろうではありませんか。以上。
(大拍手)