本日の総幹部会も沸騰するような広布の大熱気がたぎり、大感動を抑えがたきものであります。
この十月は、仏弟子にとって最も重大な儀式である御大会式と、浅井昭衞先生の一周忌法要を謹んで奉修させて頂きました。
この二つの大事を見つめて戦う同志の、涙が出るような赤誠を私は各総合部長から具に聞いておりますが、全顕正会に漲るそのご報恩の真心がただ有難く、胸に熱きものが込み上げてまいります。
かくて、今週月曜日の時点における全顕正会の弘通はすでに誓願の三万を突破する三万一千八一四名・一〇六%という爆発的前進がなされております。
霊山にまします先生はこの顕正会の力強い大法弘通をごらんになり、お頷き下さっておられるに違いありません。
されば、残りひと月になったこの大事の最終法戦、四万を突破する空前の大折伏を敢行し、以て先生へのご報恩に擬してまいろうではありませんか。
そして、先ほども学会から入会した四人の方々が、正義にめざめた喜びを発表しておりました。その信心の純粋さ、成長の早さ、そして先生に対する思慕の念の強さには驚くばかりであります。
いま学会からの入会者は跡を絶たず、この勢いは月々日々に増しております。
ために学会は組織防衛に躍起になっているようです。
先日、ある地域の学会員に周知された内部資料には、顕正会員の訪問についての注意とその対応が書かれていました。
「厳重注意!突然の訪問、悪辣な暴言には110番を!」との見出しで、顕正会のことを「反社会的な団体」「公安調査庁の調査対象になっている」などとデマを書き殴っては悪印象を植え付け、「ほぼ毎日」顕正会員の訪問が続いていることを挙げて
「昨年10月に死去した浅井前会長の支離滅裂な話しが載った気持ち悪いチラシを配布したり、大声で喚いたりと、多くの市民から大顰蹙を買っています。しつこい訪問には、躊躇せず『110番』をお願いします」などと精いっぱいの悪口を書き、警察への通報を促していました。
私はこの内部資料をみて、先生のお心を体した顕正会員の学会員を救わんとするその情熱に驚くとともに、何ら確信のない学会員は心の奥底では正しい信心を求めているのだと思いました。
もし池田大作一党に学会が正しいという確信があれば、末端の学会員に堂々と顕正会員と法論させて正邪を決せさせればいいところ、「御遺命」を破壊し、「極限の大謗法」を犯し奉り、「未曽有の邪教化」に陥った学会は、もはや法義を論ずることが一切できなくなり、顕正会員が折伏に来たら、警察に通報して排除させるしか為す術がなくなったのです。
このような池田大作一党の為体を見て、誰が学会の正しさを確信するでしょうか。
何よりの決定打は、昨年十一月の、学会執行部による不自然きわまる池田大作の死亡の公表であります。
学会の「名誉会長」で「永遠の師匠」であった池田大作が死亡したことを、直ちに会員に公表もせず、箝口令を敷いて極秘裏に家族葬を行い、荼毘に付したあとにそれを発表したことは、学会員に拭い切れない不信感を懐かしめました。
そうしたところに、多くの学会員が浅井先生の御金言どおりの臨終の妙相を知り、動執生疑を起こし、あるいは断疑生信に至っているのであります。
そこに先般、発刊した特別追悼号には、七百名以上の代表幹部が告別式において先生とお別れをした際の写真が掲載されております。その御金言に毫末も相違せぬ先生の美事なる成仏の妙相を知れば、たとえ難しい教義のことはわからずとも、その現証の一事で顕正会の正しさは一目瞭然であります。
いま、これまで幾度となく反発して逆縁だった学会員が、特別追悼号を見るやたちまち態度を翻して続々と入会してきているとの報告は枚挙に暇がありません。
これらを聞くたびに私は、先生がご自身の臨終の現証を以て学会員を救っておられるのだと思えてならず、何より浅井先生が御逝去されたひと月後に池田大作の死亡が公表されたこと自体、六百万学会員を救い給う大聖人様の御仏意と伏して拝するものであります。
大聖人様は立正安国論において、邪法に執着する「時の国主」を嘆かれ
「何ぞ同じく信心の力を以て妄りに邪義の詞を崇めんや。乃至、此の朦霧の迷い、彼の盛焔の底に沈む。豈愁えざらんや、豈苦しからざらんや」と。
すなわち、どうして同じく信心の力を以て妄りに邪義の詞をあがめるのであろうか。……この邪正のわからぬ朦霧の迷いにより、後生は阿鼻地獄の底に沈むのである。どうして愁えずにいられようか。どうして苦しまずにいられようか――と仰せ給うておられる。
かかる大聖人様の御聖意のままに先生は
「池田大作一党にたぶらかされて、いま多くの学会員が戒壇の大御本尊を捨てて、現世には功徳を失い、臨終には悪相を現じ、後生には地獄に堕つること、何とも不憫である。同じく信心の力を起こしながら、悪師に付くゆえに不幸になる。何とも痛々しい。
私は八百万学会員を救いたい。早く正義にめざめさせ、共に国立戒壇建立に戦う同志にしたいと念願している」
と仰せ下さっておられました。
私は、池田大作の道連れになって「入阿鼻獄」となる学会員を救わんとされた先生のご慈愛を、全学会員に知らせたい。
大聖人様は曽谷抄に
「師なりとも誤りある者をば捨つべし」
と仰せあそばす。
六百万学会員は、早く悪師・池田大作を捨て、日蓮大聖人に唯お一人 忠誠を貫き通された浅井昭衞先生を師と仰ぐべきであります。
さて去る十月十三日、先生が御逝去されて以降、初めての御大会式を謹んで厳修させて頂きました。
先生がいらっしゃったときと全く変わらぬ、その厳粛にして荘重な空気には、常に先生が懐いておられた
「御大会式とは、大聖人御入滅という深い悲しみの中に、この常住不滅・常住此説法の御姿を如実に拝し奉り、御付嘱状に示された唯一の御遺命たる広宣流布・国立戒壇建立を見つめ、不惜身命の誓いを新たにする、仏弟子にとって最も大事な儀式である」
とのご精神がますます全顕正会にみなぎるを強く感じました。
私自身、本年の御大会式において、正系門家における度し難い師敵対の為体、そして「前代未聞の大闘諍」と「他国侵逼」が切迫している日本の現状を、大聖人様に、そして霊山にまします浅井先生にご報告申し上げ、御遺命成就を堅くお誓いし、三百万を急がんとの決意を新たにいたしました。
そして今般拝聴した令和三年の御大会式のご講演において先生より、日蓮大聖人こそ「久遠元初の自受用身」にてましますことと、「一期弘法付嘱書」の重大さを教えて頂きましたが、かかる大事を身に体し戦えることは決して当り前ではなく、すべては浅井先生の弟子なるがゆえと、改めて師恩の大なることを強く噛みしめました。
池田大作などは、宗門から破門されるや、戒壇の大御本尊を捨て奉り、あろうことか日蓮大聖人が三世諸仏の根源の本仏たる「久遠元初の自受用身」にてましますことを完全に否定し、恐れ多くも大聖人様を凡夫視する逸脱ぶりで、もはや邪宗・身延派と全く同類の師敵対であります。
片や宗門は、表面的には大聖人様を久遠元初の自受用身と崇めてはいるものの、その実、全くそれを信じておりません。
たとえば、宗門のナンバー2である総監・水島日叡なる能化は、以前に住職を務めていた埼玉県所沢の能安寺の公式サイトに
「当寺は、釈尊(お釈迦様)に始まる仏教を唯一正統に伝える伝統宗派である日蓮正宗のお寺です」
「ほかの伝統的な宗派のお寺と同じく、当寺も日蓮正宗という伝統宗派のお寺です。しかし、当宗は、お釈迦様が教えたとおりの教義を厳正に守り今に伝える唯一の宗派です」
などと、憚ることもなく謳っておりました。
これ、世間の抵抗が多い大聖人様をあえて匿し、受け容れやすい釈尊を前面に出すという摧尊入卑(尊きを摧いて卑しきに入れる)の極みであります。
学会も宗門もこのような無道心だからこそ、御本仏・日蓮大聖人が一代三十年の御化導を括られて八十八文字に要言し給うた御付嘱状の重大事など、わかるはずもないのであります。
だから
「日蓮一期の弘法」たる
「本門戒壇の大御本尊」をあるいは平然と捨て奉り
あるいは「営利の具」として不敬・冒涜の限りを尽くし、また
「国主此の法を立てらるれば……」すなわち「国立戒壇を建立せよ」との甚重の御遺命を否定できるのであります。
くだんの連中は
「就中、我が門弟等此の状を守るべきなり」
との厳しき御本仏の御誡めに背く「御遺命の敵」であり「仏敵」であります。
かかる師敵対・無道心の輩で充満する正系門家にあって、先生ただお一人、日寛上人の御指南から御書の極理を師伝され、大聖人様の甚深の御内証を拝し奉られ、御本仏の唯一の御命令・仏勅たる御遺命を体し、その実現に身命を賭して戦われたのであります。
これ、先生は久遠元初から付き随われた大聖人様の本眷属だからこそと拝します。
いま私たちは、かかる先生に師事すればこそ、大聖人様が久遠元初の自受用身にてましますことと、御付嘱状の大事を弁えて戦えるのであり、先生が築かれた地涌の菩薩の大集団・顕正会の重大使命を噛みしめるばかりであります。
そして、御大会式の三日後の十月十六日には、浅井先生の一周忌法要を奉修させて頂きました。
私はこの日、先生の御逝去という我ら弟子にとって、この上なくつらく悲しい出来事を乗り越え、ご報恩の思いで戦い抜いてきた班長以上の全幹部とともに、霊山にまします先生に対し、この一年の顕正会の前進をご報告できたことが何より有難いことでありました。
先生は、力強く成長を遂げた顕正会の姿と、一人ひとりの泣けてくるような真心をごらんになり、お頷き下さっておられるに違いありません。
一周忌法要の際にも述べましたが
「但日蓮を杖・柱ともたのみ給うべし。けはしき山、あしき道、杖をつきぬればたをれず。殊に手をひかれぬればまろぶ事なし」(弥源太殿御返事)
との御金言のごとく、大聖人様が衣を以て覆い御守護下さり、浅井先生が手を引いて下さっておられることを、身を以て実感する一年でありました。
さもなくて、非力の凡夫が日本を独走するこのようなダイナミックな前進をなし得るはずもありません。
そして今後も、先生のお心だけを見つめ、指さされたままに戦っていくならば、必ず大事の御奉公を完遂させて頂けるものと強く確信しております。
それにつけても一周忌法要の意義は、まことに重大でありました。
申すまでもなく、先生の一周忌法要は、世間でいうところの単なる形式的な法要ではありません。
一周忌法要こそ、顕正会の全幹部が、先生が熱願された国立戒壇建立への誓いを新たにする儀式であり、またそれが同時に、先生への最大のご報恩に相当るのであります。
かつて先生は、日興上人・日目上人が大聖人御入滅の
「十月十三日」をいかに大事と思し召されたかについて、三百余幅が現存している日興上人御書写の御本尊の日付のほとんどが「十月十三日」になっており、日目上人が最後に書写された御本尊の日付もまた「十月十三日」になっている事蹟を挙げて、こう仰せ下さいました。
「日興上人・日目上人は、十月十三日を夢寐にも忘れ給うことがなかった。
大聖人様の御葬送のとき、日興上人・日目上人は御柩を輿に載せまいらせ、肩に担い奉った。この時の御心を恐れながら拝し奉れば
『御本仏の大事の御遺命、この身命を捨てても必ずや実現し奉る』
この思い以外には断じてあられないと拝し奉る。
そしてこの御心が、日興上人の身延離山となり、四十数度の国主諫暁となり、列島全域への死身弘法となり、さらに日目上人の身命を捨てての最後の天奏となり、その時の申状の『日目、先師の地望を遂げんがために…』の御文となっているのである」と。
さらに先生は、広宣流布まで顕正新聞新年号の第一面に毎年同じ
「聖滅○年の新春を迎う」
との大見出しを付けているお心こそ
「大聖人御入滅後七百数十年経っても、まだ広宣流布は成らない、大聖人様に申しわけない、何としても…」
との思いであられることをお教え下さいました。
いま私は、これらの先生のご指導が強く胸に迫ってまいります。
「十月十三日」の御大会式は格別、私たち先生の弟子にとって
「十月十六日」は夢寐にも忘れない大事の日であります。
日興上人・日目上人が御葬送の折の深い悲しみの中に堅めた誓いのまま〝広宣流布を今日にも明日にも〟との大情熱で戦われたことを軌範とし
私たちは、先生の御逝去の折の深い悲しみの中に堅めた「紅涙の誓い」を片時も忘れず、毎年十月十六日を迎えるたびに、先生のご念願たる大聖人御遺命の広宣流布・国立戒壇建立が未だ成就していない申しわけなさを噛みしめ、「何としても……」との、いっそうの決意を堅めていくのであります。
ゆえに私は、御大会式と先生の御命日が重なるこの「十月」を、顕正会「第二の原点の月」であると心に定めております。
されば、先生が御逝去された令和五年の十月十六日を起点として、毎年この十月を節目として、それを指折り数え、いよいよ広宣流布を力強く進めていかんと決意する次第であります。
話は変わります。
先月の総幹部会で私は、AIの急速な進化が「前代未聞の大闘諍」たる第三次世界大戦を早める要因になっていることを述べました。
その際、「AIのゴッドファーザー」と呼ばれ、人工知能の基礎となるテクノロジーを開発したトロント大学のジェフリー・ヒントン名誉教授が、将来、AIがもたらす危険性について警告を発していることを紹介しましたが、今月そのヒントン名誉教授はノーベル物理学賞を受賞しました。
そのときのインタビューにおいても同氏は
「(AIの)安全性への取り組みを本格化しなければ、人類を危険にさらす可能性がある」
「歴史の分岐点にいると思う。今後数年でこの脅威にどう対処するかを見極める必要がある」
と、やはりAIが人類にとって只ならぬ脅威になることについて警鐘を鳴らしました。
いまやAIの軍事利用は各国がその優位性を競い合う「チキンレース」の様相を呈しており、たとえ国連がそれを抑制する枠組みを作ろうと試みても無意味であり、一度進み始めたこの流れを止めることは極めて困難であります。
なぜなら、ある国が高度なAI技術を軍事利用することで圧倒的な優位性を持つと、国際的な安全保障に深刻な影響を与えるので各国はその競争から抜けられず、さらに技術開発に血道をあげるしか生き残る術がないからです。
今後、進化したAIが軍事利用されていけば、人間の制御を受けない自律型致死兵器システム(LAWS)の開発につながり、それによって戦争開始の判断や作戦決定もAIに依存するようになり、瞬く間に世界的な戦争へと発展する危険性を孕んでおります。
そのような恐るべきAIの軍事利用が加速の一途をたどる一方で、昨今の世界は核兵器使用の危機がかつてないほどに高まっております。
ロシアのプーチン大統領はウクライナ侵攻開始後、何度も核使用を示唆する発言をし、本年九月には「核ドクトリン」(核抑止力の国家政策指針)の改定に言及しております。
たとえばウクライナのような核兵器の非保有国から攻撃を受けた場合でも、核保有国のアメリカなどの支援によるものであればそれを共同攻撃とみなし、核攻撃の対象にするという変更案を示しています。
他方、核保有国とされるイスラエルと核開発を続けるイランの対立も、今後、不測の事態に発展する恐れが高まっております。
また中国は「どの国よりも速いペースで核を増強させている」(ストックホルム国際平和研究所)と言われ、米国防総省によれば、昨年五月の時点で500発超の運用可能な中国の核弾頭は、2030年にはその倍にあたる1000発超に達するとして懸念を強めております。
これまでは世界に一万数千発の核兵器が存在するも「恐怖の均衡」が保たれていたものが、核保有国が核使用に言及しはじめ、また近き将来、核運用までもAIに委ねられることになったら、果たしてどうなるのか。
昨年十一月に亡くなったアメリカのヘンリー・キッシンジャー元国務長官が昨年五月に行なった英国の経済誌「エコノミスト」のインタビューで
「世界はいま第一次世界大戦前のような危険な状況に置かれている。米中のどちらの側にも政治的譲歩の余地があまりなく、均衡がわずかでも崩れれば破滅的な結果を招きかねない」
として「急速に発展する人工知能(AI)」などを理由に
「米中対立で今後5~10年以内に第三次世界大戦が発生する可能性がある」
と警告し
「その発火点になる危険性が最も高いのは台湾問題だ」
との考えを述べておりました。
アメリカの外交戦略ことに核問題については大御所的存在のキッシンジャーの言葉だけに重みを感じます。
その台湾問題も月々に緊迫の度を深めております。
本年十月十日、台湾の頼清徳総統が
「中華人民共和国は台湾を代表する権利はない。国家の主権を堅持し、侵略と併合を許さない」と演説したことに対し、中国は同日
「独立を画策して挑発するのは破滅への道だ」と威圧し、その四日後に台湾を取り囲む形で陸海空軍とロケット軍の兵力を動員した大規模な軍事演習を行いました。
これまでも習近平国家主席ならびに中国政府の高官らは、台湾問題が「核心的利益」(いかなる犠牲を払っても成しとげなければならぬもの)であることを繰り返し強調し、台湾統一に対する強い意志を示し、武力による統一も辞さない姿勢を明確にしております。
一方、米軍幹部は中国による台湾侵攻の時期を2027年もしくはそれ以前の可能性にも言及しており、台湾有事の準備を着々と進めております。
そのアメリカに言われるままに岸田前首相は「戦後の安全保障政策の大転換」をはかり、とてつもないスピードで自衛隊の軍備強化と米軍との一体化を進めました。
中国が台湾を侵攻し、自衛隊が米軍の下請けとして軍事作戦を展開すれば、日本にある在日米軍基地および地対艦ミサイルが配備された南西諸島などは中国の攻撃対象になり、かくして日本は戦場と化し、巻き込まれていくのであります。
かかる「前代未聞の大闘諍」と日本への「他国侵逼」は、日本一同の仏法違背と正系門家の師敵対という「仏法より事起こる」の大難であれば、たとえいかなる防衛努力をしてもすべては虚しい。
宇宙的スケールの力用を持つ諸天に申しつける御本仏・日蓮大聖人のお力による以外に、救われる道はないのであります。
大聖人様が留め置き給うた「本門戒壇の大御本尊」を日本一同に信じ奉り、国立戒壇に安置し奉るとき、日本は金剛不壊の仏国になるのであります。
それを見つめて戦う私たちは、今こそ「立正安国」の大道理をよくよく心腑に染めるべきであります。
ここに、これまで先生から頂いたご指導に準えて簡略にそれを説明いたします。
国立戒壇を建立すれば、なぜ日本は安泰になるのか――
それは諸天善神の存在・働きがわからなければ絶対に理解できない。
御書には至るところに「諸天善神」についての仰せがありますが、浅薄な信心の者は、この仰せを単なる譬喩や形容としてしか捉えない。
だから大聖人様の御予言の重大さもわからなければ、国立戒壇の大利益もわからない。
学会・宗門が御遺命の国立戒壇を放棄したのも、このことが全くわかっていなかったからです。
まず、諸天善神とは何かといえば、この大宇宙に存在する仏法を守護する生命活動のことであります。
「諸天」とは、大梵天王・帝釈天王・日天・月天・四王天等のこと。
「善神」とは、天照太神と八幡大菩薩等のことです。
これら「諸天」も「善神」もその働きは全く同じで、ともに大宇宙に厳然として具わる仏法守護の働きであります。
諸天は日天・月天の他は目には見えないけれど、現証あればこれを信じなければいけない。
日蓮大聖人の御化導における「竜の口」と「蒙古の責め」等の大現証を見れば、誰人も否定などできぬものであります。
まず「竜の口」の大現証。
大聖人様は竜の口の刑場に向かわれる途中、鎌倉八幡宮の前にさしかかったとき、馬を止められて八幡大菩薩に対し
「いかに八幡大菩薩はまことの神か。乃至、いたしとおぼさば、いそぎいそぎ御計いあるべし」
と叱責あそばされました。
この仰せは〝どうか守ってほしい〟などの歎願ではありません。〝なぜ守らぬのか〟とその怠慢を責め、「急ぎ急ぎ計うべし」と申しつけ給うておられる。
このような「申しつけ」ができるのは、日蓮大聖人こそ末法下種の本仏であられるゆえです。
そしてその直後、凡夫の思議を絶する荘厳・崇高・威厳に満ちた、あの竜の口の大現証があったのであります。
次に「大蒙古の責め」の大現証。
文永十一年四月、大聖人様は佐渡からご帰還あそばされた後、殿中に招かれて平左衛門と対面あそばされた。
〝大蒙古はいつ襲来しましょうか〟と尋ねる平左衛門に対し、大聖人様は
「経文にはいつとは見へ候はねども、天の御気色いかり少なからず、急に見へて候。よも今年は過ごし候はじ」
経文にはいつとは書かれていないが、諸天の怒りはただならず、急を告げている。今年を過ぎることは決してないであろう――と。
この年の残り八ヶ月の間に「必ず蒙古は押し寄せてくる」との御断言、御本仏でなくして、どうしてなし得るでしょうか。
その六ヶ月後のその年の十月、大聖人様の御断言は寸分も違わず的中し、大蒙古の軍兵が日本に押し寄せて来たのであります。
その兵力は二万五千人、軍船は九百隻。壱岐・対馬を襲い、博多にも上陸し、太宰府までも破られた。
しかし、いったん全軍が軍船に引き揚げたその夜半に大暴風雨があり、蒙古の軍船は破損し、蒙古軍は本国に撤退したのであります。
壱岐・対馬の殺戮で日本国中を震え上がらせただけで、大規模な殺戮はせず、引き揚げております。
これが大聖人の「申しつけ」によることは、王舎城事を拝せば瞭然であります。
「法華経の敵となりし人をば、梵天・帝釈・日月・四天罰し給いて、皆人に見懲りさせ給へと申しつけて候。日蓮法華経の行者にてあるなしは是れにて御覧あるべし」と。
日蓮大聖人に敵対する者を梵天・帝釈・日月・四天は罰して、国中の人々に〝謗法はなんと恐ろしいことか〟と見せ、懲りさせよと申しつけた――と。
「申しつけて候」の御文に刮目すべきであります。
諸天に「申しつける」、命令するのは御本仏でなければできない。
ゆえに
「日蓮法華経の行者にてあるなしは是れにて御覧あるべし」と。
「法華経の行者」とは、すなわち下種の御本仏ということ。
大聖人様の諸天への申しつけにより蒙古の責めという大現証が国に起きたことを以て、大聖人こそ末法下種の本仏なることを信ぜよということであります。
さらに再度の蒙古の責めがあることを、撰時抄には
「いまにしもみよ。大蒙古国数万艘の兵船をうかべて日本国をせめば……」
と予言され
さらに熱原の法難が起こらんとする弘安二年八月には
「蒙古の事、すでに近づきて候か……」(蒙古事)と。
第二回の蒙古の襲来があることを大聖人様は掌を指すようにおわかりになっておられたのです。
そこにその翌々月、平左衛門は熱原の法華講衆の頸を刎ねたのでした。
先般の「聖人等御返事」講義で拝しましたが、このとき、大聖人様は日興上人に対し、平左衛門に最後に申しつけよと、次のごとく指示あそばしておられます。
「去ぬる文永の御勘気の時、乃聖人の仰せ忘れ給うか。其の殃未だ畢らず、重ねて十羅刹の罰を招き取るか。最後に申し付けよ」と。
蒙古の責めは未だ終わっていない。汝は重ねて諸天の大罰を招くか――と大叱咤されたのであります。
その御断言また寸分も違わず、その一年七ヶ月後の弘安四年五月、大蒙古は再び日本に押し寄せたのであります。
このときの兵力は実に十四万二千人、第一回の約六倍です。軍船は四千四百隻。入念の態勢を整えて来たのであります。
十四万二千の蒙古軍を前にした日本は、虎の咆哮に怯える仔羊のごとくでありました。
しかし不思議にも、博多湾に大集結した蒙古の軍船は、本格的な侵攻を前にして、またしても大暴風雨に遭い多くの軍船が破損し、撤退を余儀なくされ、本国に帰らざるを得なくなった。
まことに、この蒙古の侵略ほど不思議なものは、世界史に例を見ぬところであります。
日本全土を征服する実力を備えながら、大合戦もなく、大量の殺戮も行われず、蒙古軍はただ日本一同を震え上がらせただけで引き揚げているのです。
諸天に申しつけて大蒙古を襲来せしめたのも、また諸天に申しつけて大蒙古を撤退せしめたのも、すべては大聖人様の絶大威徳によるのです。
かくして大聖人様は「蒙古の責め」という大罰を以て、一切衆生の心田に逆縁の下種を下し給うたのであります。
日蓮大聖人を諸天善神が敬い衛護するさまを下種本仏成道御書には
「天照太神・正八幡宮も頭をかたぶけ、手を合はせて地に伏し給うべき事なり」
「梵釈左右に侍り、日月前後を照らし給う」と。
かかる大境界なればこそ、諸天に申しつけ賞罰を行い、以て一切衆生を化導することができる。
ゆえに大聖人に背けば人も国も亡び、帰依信順するならば人も国も安泰になる。
この絶大威徳を
「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」
と示し給うのであります。
ついで国立戒壇を建立すれば諸天善神は厳然とその仏国を守護するという御文を示します。
まず滝泉寺申状。
「聖人国に在るは日本国の大喜にして蒙古国の大憂なり。諸竜を駈り催して敵舟を海に沈め、梵釈に仰せ付けて蒙王を召し取るべし。君既に賢人に在さば、豈聖人を用いずして徒に他国の逼めを憂えんや」と。
この滝泉寺申状は弘安二年十月、再度の蒙古襲来に怯える幕府、なかんずく北条時宗に対し、熱原の法難の矢面に立つ日秀・日弁の名を以て諫暁されたものであります。
この滝泉寺申状の中で、大聖人様は御自らのことを始めて
「法主聖人」
と仰せられている。
これ、久遠元初の自受用身・末法下種の本仏ということです。
その御本仏のお立場で蒙古の責めに脅える国主に対し、「立正安国」を促し給うたのがこの御文であります。
下種の本仏この国にましますを知り、日本一同が帰依するならば、日本は仏国となり蒙古は侵略できなくなると。
もしこの仏国に蒙古が侵略してきたならば、諸天善神に命じて、あるいは大風を起こして敵舟を海に沈め、あるいは蒙古の国王を召し取るであろう。日本国の国王もし賢人にましますならば、どうしてこの国に在る「法主聖人」を用いずして、いたずらに他国の侵略を憂えるのであろうか――と。
「聖人を用いる」とは、大聖人の大願たる国立戒壇を建立することです。このとき諸天は大聖人の「申しつけ」によりこの仏国を守ること、この御文に明々白々であります。
次に四十九院申状。
「第三の秘法 今に残す所なり。是れ偏に、末法闘諍の始め他国来難の刻み、一閻浮提の中の大合戦起こらんの時、国主此の法を用いて兵乱に勝つべきの秘術なり」と。
この申状は、日興上人の名を以て幕府を諫暁されたものであります。
先の滝泉寺申状も日秀・日弁の名を以てなされていますが、これらは「遣使還告」の御意です。
「第三の秘法」とは、釈尊が法華経において説いた大法の中で「迹門の大法」が第一、「本門の大法」が第二、そして寿量品の文底に秘沈された下種の大法が「第三の秘法」であります。
この「第三の秘法」こそ、その実体はまさしく「本門戒壇の大御本尊」の御事です。
すなわち
この戒壇の大御本尊こそ、末法闘諍のとき、他国が日本を侵略せんとするとき、そして世界的規模の大戦争が地球上に起こるとき、国主がこの法を用いて兵乱に勝つための秘術として留め置かれたものであります。
「国主此の法を用いて」とは、国立戒壇を建立することです。
ゆえに御付嘱状には
「国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立すべき」とある。
世界的な大闘諍が起き、日本が他国の侵略を受けるときは、国立戒壇建立だけが「兵乱に勝つ秘術」であると断言あそばされております。
最後に三大秘法抄。
「戒壇とは、王法仏法に冥じ仏法王法に合して、王臣一同に本門の三大秘密の法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時、勅宣並びに御教書を申し下して、霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立す可き者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是れなり。三国並びに一閻浮提の人・懺悔滅罪の戒法のみならず、大梵天王・帝釈等も来下して蹋み給うべき戒壇なり」と。
三大秘法抄には、本門戒壇の建立について、いかなる時、いかなる手続を以て、いかなる場所に建てるべきかを、具に定め給うておられます。
これを約言すれば
まさしく御遺命の本門戒壇とは、広宣流布の暁に国家意志の公式表明を以て、富士山天生原に建立される国立戒壇であります。
そして、この国立戒壇には諸天善神の最上位たる「大梵天王・帝釈等」も来下すると仰せ給う。このことは国立戒壇が建立されれば、諸天は厳然とこの仏国を守護するということの強き仰せであります。
このとき、日本は金剛不壊の仏国となる。いかなる外敵もこの国を侵すことはできない。三災七難も消滅する。
このことを立正安国論の末文に
「然れば則ち三界は皆仏国なり、仏国其れ衰えんや。十方は悉く宝土なり、宝土何ぞ壊れんや。国に衰微無く土に破壊無くんば、身は是れ安全にして心は是れ禅定ならん」と。
さらに世界の人々が「本門戒壇の大御本尊」を信ずるにいたれば、全世界が仏国土になる。
このとき地球上から戦争・飢餓・疫病等の三災は消滅し、全世界の人々が心ゆくまでお題目を唱え、一生のうちに成仏を遂げることが叶う。
これこそ、大聖人様の究極の大願であられる。これを実現する鍵が、日本における国立戒壇建立なのであります。
私たちは、かかる重大事を先生から重ねて教えて頂きました。
学会も宗門も信心がない。大聖人様の御命と繋がらない赤の他人であるから、三大秘法抄・一期弘法付嘱書における御遺命の大事など全くわからない。
その濁乱の正系門家にあって、先生のみが諸天を従え申しつけ給う御本仏日蓮大聖人の絶大威力を如実に拝し奉られ、御遺命の国立戒壇こそが仏国実現の秘術であることをご存知であられ、その実現に身命を賭してこられたのであります。
重ねて申しますが、このことは決して凡夫になし得るものではなく、偏に大聖人様が召し出された「遣使還告」の大宿縁のお方ゆえであります。
そこにいま先生が、過去の二度の一国諫暁において言い置かれた大罰、すなわち
「巨大地震の連発・国家破産・異常気象・大飢饉・大疫病、そして他国侵逼と核兵器を用いた第三次世界大戦」これらすべてがいよいよ事実となりつつあります。
これらの大難は「仏法より事起こる」ものであれば、政治の力も経済の力も防衛努力も及ぶところではない。またいかなる仏・菩薩・神々に祈りを懸けても虚しい。
この大惨禍をお救い下さるのは、宇宙的力用を有する諸天に申しつける絶大威徳まします、日蓮大聖人ただ御一人であられる。
そして、大聖人様はかかる大罰を用いて全日本人を改悔せしめ、必ず広宣流布をあそばす。
このとき、この重大なる御化導をお手伝い申し上げるのは、御遺命を守護し奉り、一筋の忠誠を貫かれた浅井先生が築かれた顕正会以外にはあるべくもない。
さあ、先生の一周忌法要を終えた今、立正安国の御聖意を深く命に刻み、さらなる加速度つけた大猛進で三百万を早める戦いをなしてまいりたい。
されば迎える十一月、全組織が空前の大折伏を展開し、以て霊山からお見守り下さる浅井先生にお応えしてまいろうではありませんか。
以上。(大拍手)