「広布の決戦場第七年」の戦闘開始の総幹部会も凄まじい熱気で、一人ひとりの素晴らしい登壇と広宣流布の大情熱に魂が激しく揺さぶられました。
本年は元旦勤行から、それに臨む姿勢が例年と異なり、本部会館をはじめ、いずれの地方会館・事務所においても、昨年を大きく上回わる参詣者を数えました。
その歓喜のまま、全顕正会に本年の二八〇万大突破への意気込みと、第三度の一国諫暁を急がんとの決意が日々に強まるを感じては、有難さでいっぱいであります。
そして教学試験には昨年を上回わる三万一千余名もの同志が受験し、ことに登用試験は過去最高の受験者でした。
いずれの受験会場も真剣勝負の気魄がみなぎり、試験終了後には自然と大拍手が巻き起こる会場もあり、満面の笑みで歓喜の語り合いがなされていたという。
中でも元学会員の同志の感激はたいへんなもので、信心のない学会の教学を見てきただけに、みな一様に信心だけの顕正会の教学との天地の違いに驚き、いよいよ五百万学会員を救う戦いを決意しておりました。
先生がいつも仰っておられたとおり、教学を学ぶ目的は、大聖人様を恋慕渇仰する信心を深めるため、これ以外にはありません。
この恋慕渇仰の信心が深まれば自然と一生成仏が叶い、そして広宣流布の熱き決意も湧いてくる。
大聖人様は「上野殿御返事」にこう仰せ給う。
「かつへて食をねがい、渇して水をしたうがごとく、恋いて人を見たきがごとく、病にくすりをたのむがごとく、みめかたちよき人 べに・しろいものをつくるがごとく、法華経には信心をいたさせ給え。さなくしては後悔あるべし」と。
空腹のときに食事を願い、ノドがカラカラのときに水を求めるように、恋する人に逢いたいと思うように、病気のときに薬を求めるように、美しい人が紅や白粉をつけるように、このような思いで以てお題目を唱えなさい。さもなければ後悔するであろうと。
すなわち一生成仏が叶わず、悪道に堕するゆえに臨終のときに後悔するということです。
恋慕渇仰の信心がいかに大事であるかがよくわかります。
そして、この「恋慕渇仰」の究極の姿こそが「不惜身命」であり、日蓮大聖人に南無し奉るの「絶対信」です。
たとえ地球が壊われるようなことがあろうとも、大聖人様への信心は微動もしない。これが絶対信であります。
御在世の方々は、熱原の法華講衆をはじめ上野殿、四条殿、日妙殿、千日尼御前等、みな絶対信であった。
この恋慕渇仰の絶対信がなければ成仏は叶わないし、広宣流布の情熱も出てこない。
いま私たちがこの恋慕渇仰の絶対信に立たせて頂けるのも、決して当り前のことではありません。
ひとえに、浅井先生が心血注いで著わされた「基礎教学書」等を恣に学ばせて頂けるゆえであり
また、大聖人様の大慈大悲を拝し奉り紅涙を滴らせて指導下さる先生のお姿を通して、理屈ぬきに「有難い」「お慕わしい」との恋慕渇仰の信心に立たせて頂いているのであります。
その有難さを噛みしめつつ、学び切った感激をいよいよ戦いの色に表わしていかねばなりません。
ここに広布の決戦場第七年の戦闘開始に当り、六十六年におよぶ激闘において、先生が常に身に体してこられた大聖人様の広宣流布の仏勅を改めて拝し奉りたい。
「仏滅後二千二百二十余年が間、迦葉・阿難等、馬鳴・竜樹等、南岳・天台等、妙楽・伝教等だにもいまだひろめ給わぬ、法華経の肝心・諸仏の眼目たる妙法蓮華経の五字、末法の始めに一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に、日蓮さきがけしたり。
和党ども二陣三陣つづきて、迦葉・阿難にも勝れ、天台・伝教にも越えよかし。わづかの小島の主等が威さんを怖じては、閻魔王の責めをばいかんがすべき。仏の御使となのりながら臆せんは無下の人々なり」(下種本仏成道御書)と。
この御文は、竜の口の大法難がまさに起こらんとするとき、大聖人様が門下一同に下さった広宣流布の大教令であります。
竜の口の大法難の直前に、幕府は「評定」すなわち会議を開いて、“大聖人の頸を刎ねなければいけない”あるいは弟子檀那においては“領地のある者は没収のうえ、同じく頸を刎ねよ”“牢屋に入れて拷問にかけよ”“島流しにせよ”等と決めていた。
このように、大難が降りかからんとする緊迫の中での仰せ出だしであります。
まず大聖人様がお弘めあそばす三大秘法がどれほど尊いものであるのかについて
「仏滅後二千二百二十余年が間、迦葉・阿難等、馬鳴・竜樹等、南岳・天台等、妙楽・伝教等だにもいまだひろめ給わぬ、法華経の肝心・諸仏の眼目たる妙法蓮華経の五字、末法の始めに一閻浮提にひろまらせ給うべき瑞相に、日蓮さきがけしたり」と。
釈尊滅後二千二百二十余年の間、インドにおいて迦葉・阿難が小乗経を、馬鳴・竜樹が大乗経を弘めた。また中国において南岳・天台・妙楽等が、あるいは日本において伝教大師が法華経を弘めた。
しかし、これら勝れた仏弟子が誰ひとりとして弘めることができなかった法華経の本門寿量品の文の底に秘し沈められた下種の大法、三世十方の諸仏がことごとく成仏の種子として最も大事にしている根源の仏法である南無妙法蓮華経の御本尊を、全人類成仏のために広宣流布の先駆けとして大聖人様が弘通あそばされた。それが
「日蓮さきがけしたり」
との御宣言であります。
そして全門下に対し、広宣流布の大教令を下された。
「和党ども二陣三陣つづきて、迦葉・阿難にも勝れ、天台・伝教にも越えよかし」と。
わが弟子たちよ、二陣三陣と続いて、たとえ智恵においてそれら釈迦仏の弟子に劣るとも、広宣流布の情熱においては迦葉・阿難にも勝れ、天台・伝教にも越えよかしと。
さらに
「わづかの小島の主等が威さんを怖じては、閻魔王の責めをばいかんがすべき。仏の御使となのりながら臆せんは無下の人々なり」と。
「小島の主」とは、小さな日本列島の主、いわゆる国家権力を掌握した者のこと。
およそ国家権力の弾圧ほど恐ろしいものはない。
しかるに大聖人様は、この絶大な権力を持つ鎌倉幕府の権力者をも「わづかの小島の主」と仰せ給う。
これこそ御本仏の大権威であられます。
国家権力の威しを恐れて退転すれば、死後に無間地獄へ堕ちて閻魔王の責めをばどうするのか、仏の弟子と名乗りながら、臆病風に吹かれる者は無下、最低の者であると。
先生は仰せられました。
「私はこの御文を拝するたびに、大聖人様の全人類救済の大慈悲と御気魄に全身が打たれ、『早く広宣流布せねば申しわけない』との思いが、いつも肚の底から湧き上がる」
「まことに五体が大地にめり込むような御本仏の凄まじい御気魄であられる。私たちはこの仏勅を全身に受けて、今こそ広宣流布に立たなければいけない」と。
竜の口のときに少輔房・能登房が、熱原の大法難のときには三位房・大進房が、あるいは滅後において五老僧が退転したのは「わづかの小島の主」の威しを怖じ恐れてのこと。
その中に、富士大石寺門流の日興上人・日目上人の御門下だけが、大聖人様の仰せのとおりの「二陣三陣」の弘通をあそばされた。
それが北は東北から南は四国・九州にまで至った、あの全国規模の大法弘通であります。
そして広布前夜にいたって、学会・宗門は「国立戒壇は憲法違反」との世間の批判を恐れ、命を取られるほどの弾圧もないのに、大事の御遺命を弊履のごとく抛った。
これ第六天の魔王の所為であります。
その中、浅井先生ただお一人
「日蓮一人」「日興一人」
との大精神のまま、この御本仏の広宣流布の大教令を全身に受けられ、御遺命を死守される中に、死罪に等しい解散処分を蒙るともそれを乗り越え、また公権力・マスコミによる不当なる弾圧を撥ねのけ、広宣流布に驀進されたのであります。
発足より六十六年、命尽くまで戦われた先生の、広布の大道心の淵源をここに拝しては、粛然たる決意と凜然たる闘志が沸々と込み上げてまいります。
かかる御本仏の広宣流布の仏勅と、先生の御遺命成就にかける大情熱を我が命に宿すとき、どうして列島を揺るがす大潮流が巻き起こらぬ道理がありましょうか。
まして今や、大聖人様が順縁広布の「時」をお作り下さり、国家権力の弾圧が一切ない時代になった。
あるのはただ逆縁の壁だけ、悪口だけであります。
先生は仰せられる。
「こんなことでへこたれていたら、大聖人様が仰せあそばす『わづかの小島の主等が威さんを怖じては』との仰せ、どうして拝することができようか」と。
日蓮大聖人の弟子として、浅井先生の弟子として、広布最終段階を戦わせて頂く顕正会員は、亡国を眼前にした今こそ、いよいよ怒濤の大前進を展開してまいらねばなりません。
ここに本年の初陣、私は期を画する大前進を強く決意しております。
迎える二・三・四月法戦の誓願は、顕正会全体で三万三千名といたします。
三者各部の誓願は、男子部一万五千名、女子部一万二千名、婦人部六千名。
これを大きく突破して、二八〇万に限りなく近づけていこうではありませんか。
さて、高市首相は昨日召集された通常国会において、冒頭解散に踏みきりました。
1月19日の記者会見で高市首相は、解散の理由を
「高市早苗が総理大臣でよいのかどうか、今、主権者たる国民の皆様に決めて頂く。それしかない」
「連立政権の枠組みが変わり、積極財政等の重要な政策転換について国民の審判を仰ぐ」と述べておりました。
本来、日本の議院内閣制においては、国民が直接総理大臣を選ぶのではなく、衆議院議員を選び、その多数派が総理を指名する仕組みになっております。
「私が総理でよいか国民に決めてほしい」というのは、議院内閣制の原理を弁えない、制度を都合よく読み替えた独り善がりであります。
結局、高市首相は、政策の内容を国会で論戦する前に、高市個人の人気を最大限に利用して選挙を行い、もし勝てば「白紙委任状」よろしく国民の信任を得たとしてフリーハンドで政策を強行突破せんとしている。
これ極めて傲慢な姿勢と言わざるを得ません。
また連立政権の枠組みが変わったことで重要な政策転換の審判を仰ぐ必要があるのなら、なぜ就任直後に解散しなかったのか。
いま首相がやるべき最も大事な仕事は「新年度の予算審議」であり、これを後回わしにすれば、国民の日常生活や日本の経済にさまざまな影響が出る。
そこまでして解散総選挙を行う大義などどこにもない。
これまで歴代内閣は予算審議への影響に鑑みてこの時期の解散を避けており、新年度予算が成立する前の1月から2月に衆議院を解散したことは、今回を除いて過去に二回しかない。
結局、今般、高市首相が解散に踏み切った目的こそ、内閣の支持率が高い今なら過半数を取れるという「勝機狙い」であり、そして国会審議で、高市首相自らの「政治とカネ」の問題や旧統一教会との癒着の問題、さらには中国との関係悪化で直面しているレアアース禁輸措置の問題、そして連立を組む「日本維新の会」の国保未加入問題などを野党から厳しく追及されることから逃げるためにほかならない。
まさに国民不在の卑怯きわまりない「自己都合の逃亡解散」であります。
総選挙にかかる約855億円といわれる費用の原資は、すべて私たちが納めた税金です。こんなに国民を舐めた話はない。
しかも野党の公約に合わせて、高市首相も食料品に関する消費税率を時限的にゼロにする検討を加速させることを公約に掲げている。
与野党そろって消費減税を訴えていますが、日本の容易ならざる財政状況を見ようともせず、ただ国民の人気取りだけの大衆迎合政治、これで日本が保つはずがない。
高市首相は首相になる前には、消費税を下げようとしない石破前首相の足を引っぱるために「国の品格として食料品の消費税率は0%にするべき」と声高に叫んでいた。
ところが自身が首相になるや「レジシステムの改修に時間がかかる」などと言って逃げた。
そしていま選挙が近づけば何ごともなかったように「私自身の悲願だ」などと言い出す始末。
こうした変節をくり返す首相を誰が信じられましょうか。
何より食料品の消費税をゼロにすると、年間で約5兆円の税収が消えるにもかかわらず、その財源については全く示していない。
財政が逼迫している日本において、財源の裏づけのない減税政策は財政悪化懸念を強め、国債が売られて金利上昇・円安につながり、むしろ物価高をさらに悪化させるリスクのほうが大きい。
実際、この発表後の1月20日には日本の10年物の国債利回わりは27年ぶりとなる2.38%(債券価格は下落)をつけ、40年物の国債利回わりは4.215%を記録し、初めて4%を上回わった。この上昇スピードは異常であります。
これは市場の重大な警告であり、これを無視して積極財政を推進していけば、とんでもない事態に陥る。
高市首相が消費減税に言及したことをきっかけに、海外の経済メディアや資産運用会社などは、一斉に日本の財政悪化への警告を発しております。
ドイツの経済紙「ハンデルスブラット」は
「日本の債券市場が『狂乱状態』に陥った」として、高市首相をイギリスのトラス元首相と比較してみせた。
また世界最大規模の資産運用会社「バンガード」は、日本の超長期国債の買い入れを停止し
「最悪の事態」「財源の裏づけのない財政支出には限界がある」と懸念を表明した。
金融・経済ニュースを配信する「ブルームバーグ」は、高市首相の消費減税への言及が日本国債市場においてメルトダウンのような衝撃を与えているとして
「なぜ今、人々がもっと大騒ぎしないのか理解できない。日本は深刻な債務問題を抱えているのに、これから極めて大胆な財政拡大をしようとしている」と危機感を募らせた。
デンマークの「サクソバンク」のグローバルマクロ戦略責任者は
「日本の国債市場におけるこの動きは、トラス・ショックを想起させるほど深刻な水準に達しつつあり、国債と円の緩やかな崩壊が雪崩へと転じるリスクをはらんでいる」と日本の国債市場が危機的局面にあると警戒を促している。
またこれまでも、海外のエコノミストやメディアは高市政権の経済政策について極めて辛辣に警鐘を鳴らしておりました。
国際金融界で著名な元ゴールドマン・サックスのチーフ為替ストラテジストのロビン・ブルックスは、昨年11月21日にこのように酷評している。
「債務問題の解決策がさらに支出を増やすことしかない政府に対し、市場の忍耐はもはや限界に近づいている。そんなやり方は通用しない。日本はいまその行き止まりに差し掛かっている。……
日本円を、世界中の通貨に対する相対的な位置づけを示す『実質実効為替レート』でみると、円は世界で最もパフォーマンスの悪い通貨となったトルコリラに匹敵するほど弱い」と。
またウォール・ストリート・ジャーナルは昨年12月22日の社説でこう指摘した。
「より心配なのは、日本の国家財政への影響だ。数十年間の超低金利環境で、日本政府はさまざまな公共事業を通じた景気刺激策と社会的支出のために、借りて、借りて、借りまくった。政府の債務残高は現在、GDP比250%近くで推移しており、利払い費が政府予算の約4分の1を占めている。金利が上がれば、財政への圧迫は強まる。……
日本の長期にわたるマイナス金利と大規模な量的緩和策は、史上最大の金融実験だと言える。日銀はいま実験室を爆発することなしに実験を終わらせるという難題に直面している」と。
これがいま日本が置かれている危機的な現状です。
日本のメディアは政府に忖度してこの深刻な状況を伝えようとしないし、国民のほとんどがこの実態を知らない。
もし今後、国債が売られて金利が上がれば、政府の利払い費は雪だるま式に増えて財政破綻のリスクが高まる。
片や金利を無理やり抑えるために日銀が国債を機動的に購入していけば、その歪みは円売りに繋がり、通貨価値への不信から制御不能なインフレになる恐れもある。
すべては十年以上もダラダラと続けてきたアベノミクスのとてつもなく大きなツケであります。
アベノミクスの異次元金融緩和によって「財政悪化」「円安」「インフレ」という経済環境・財政状況に陥ったにもかかわらず、高市首相は“行き過ぎた緊縮財政を高市内閣で終わらせる”と意味不明なことを言い、さらにインフレを昂進させる積極財政・金融緩和政策を強行しようとしていることは「無責任の極み」と言わざるを得ない。
この姿勢からは、政府は1300兆円というGDP比で世界最悪の大借金をまともに返すつもりはなく、酷いインフレを起こして大借金をチャラにしようとしているようにも見える。
どういうことか――
インフレが昂進することによっていちばん恩恵を受けるのは、大借金を抱えた政府なのです。
インフレが進むと国民は物価高で生活が困窮していきますが、逆に政府は何もしなくても消費税や所得税等の税収が増えていく。
ここ数年、国の税収は過去最高を記録しています。
これは、国民がインフレで高くなったモノやサービスを購入したことで消費税等の支払い額が増え、それが政府に税収として入っているからです。
そしてインフレでおカネの価値が減る分、政府が抱えている借金も目減りするのです。たとえば1000兆円の借金も、おカネの価値が半分になれば、実質的には500兆円に目減りする。
要するに、インフレによって、国民が汗水流して貯めた預金などの資産が、気づかないうちに政府に移転しているのです。
政府はそれを利用して借金を軽くしていく――
これが「インフレ税」と言われるものです。
そしてさらに酷いハイパーインフレに陥れば、短期間で物価が何十倍にも跳ね上がる事態となり、国民のおカネの価値は何十分の一以下になる。
国民が犠牲になって塗炭の苦しみに喘ぐ一方で、政府の借金は大きく目減りする形になる。
許しがたいのは、日本が財政破綻もしくはハイパーインフレに陥っても、そのとき政治家は誰ひとりとして責任をとる者はいないことです。議員は辞めればそれまでです。
結局、政府の大悪政のツケを背負わされるのはすべて国民なのです。
何が「責任ある積極財政」かと憤りに堪えない。
また、高市首相の台湾有事をめぐる「存立危機事態」発言によって、中国は情報戦と軍事的威嚇を強め、ついにレアアースの輸出規制を行なってきました。
レアアースの輸出規制をされたら、日本経済は深刻な打撃を受ける恐れがある。
その現実を知りながら、なお対中強硬姿勢をとり続けるのは、もはやそれは真っ当な政治ではなく、国民生活を犠牲にした自己満足でしかない。
ひいては中国による他国侵逼を早めているのであります。
国民の生命と財産を守る責任を放棄し、自らの信条と政権維持のために日本を亡国に誘う高市早苗は、速やかに辞職すべきであります。
大聖人様は立正安国論に
「国主国宰の徳政を行う。然りと雖も唯肝胆を摧くのみ」
と仰せになっておられる。
民の歎きを憂え、全国を行脚して善政を尽くした北条時頼ほどの為政者が国を治めても、正しい仏法を立てなければ国土の災難は続くということです。
いわんや「神の国」を作らんとする「日本会議」「神社本庁」とズブズブの関係にある高市首相が、安倍晋三に倣って悪政を強行すれば国は必ず亡ぶ。
日蓮大聖人を魂とした仏国を、三大秘法を根底とした王仏冥合の国家を作らない以上、三災七難は止まず、真の国家安泰はあり得ない。
ゆえに、急ぎ広宣流布して、国立戒壇を建立しなければならないのであります。
そして、高市首相が解散に打って出たことで、立憲民主党と公明党が「中道改革連合」なる新党を発足させました。
これについて、ひとこと所感を述べておきます。
この新党結成は、支持率が一桁前半で低迷している立憲民主党と「党存亡の危機」に陥った公明党が生き残りをかけた苦肉の策というべきものであります。
これまで公明党は与党として、安保法制を合憲とし、原発再稼働も容認していた。
一方の立憲民主党は野党として、安保法制の「違憲部分の廃止」と「原発ゼロ」を打ち出していた。
このように互いに異なる政策を主張していた者同士が手を結ぶのは、所詮、選挙のための「野合」でしかなく、「ご都合主義」そのものであります。遅かれ早かれ分裂することは目に見えております。
ちなみにこれまで立憲民主党は、自民党の裏金問題をめぐって、公明党のことを「明らかに共犯」「疑惑をうやむやにしている」などと批判してきた。
一方の公明党も、立憲民主党に対して「日本を沈没寸前に陥れ、後に“悪夢”とまで呼ばれた旧民主党政権の再来を許してはならない」などと痛烈に叩いていた。
結局、「敵の敵は味方」の論理で動く者たちは、また状況が変われば離合集散をくり返すだけです。
学会にしてみれば、衰退する学会組織への負担を減らし、学会の凋落ぶりをカモフラージュできる新党結成に持ち込めたことは「渡りに船」だったに違いない。
実際、プレジデントオンラインによれば、1月14日に学会本部において、会長の原田稔をはじめ学会首脳部が出席して行われた「方面長会議」で、原田会長から、立憲との新党結成と小選挙区からの公明党の全面撤退の方針が示され、その翌日に立憲民主党と公明党が新党結成を発表したことが報じられています。
これまで組織の負担が大きかった小選挙区から撤退して、公明党議員が比例名簿で上位に優遇記載されれば、公明党議員はほぼ当選確実となり、現場の学会員の負担も軽減できる。
また近年の「政治と宗教」問題の渦中にある旧統一教会と同様、学会への強い風当りを「中道改革連合」なる新党に衣替えすれば「創価学会」色を薄めることができる。
ちなみにこの新党の枠組みを見ると、池田大作が用いていた「中道」という言葉を党名に用い(下の写真)、新党の「綱領」も公明党が作成し、「基本政策」もすでに昨年11月に公表していた公明党の「中道改革」の政策5本柱が、ほぼそのまま新党の基本政策に盛り込まれており、学会にとって都合よくできている。
そして新党が行き詰まったとしても、「立憲民主党との協力がうまくいかなかった」などと言いわけができ、立憲民主党に責任転嫁ができる。
実に巧妙な生存戦略ですが、逆に言えば、ここまでしないと学会の衰退が覆い隠せないほど瀕死の状態に陥っているということです。
たとえ学会が組織の存亡をかけて手練手管を弄するとも、そんなものは必ず裏目に出るに違いない。
大聖人様は四条金吾殿御返事にかく仰せ下さる。
「夫れ運きはまりぬれば兵法もいらず、果報つきぬれば所従もしたがはず」
もし福運が尽きてしまったら、いかに兵法を心得ていても少しも役に立たない。また果報が尽きてしまったら、所従(家来)も従わなくなる――と。
また同じく四条金吾殿御返事に
「吾が一門の人々の中にも信心もうすく、日蓮が申す事を背き給わば、蘇我が如くなるべし」
たとえ我が門下であっても、信心も薄く大聖人の仰せに背く者は、必ず蘇我のごとく身を亡ぼす――と厳しく仰せ下されている。
日蓮大聖人の御遺命を破壊せんとしたうえに、大聖人出世の御本懐たる「本門戒壇の大御本尊」を捨て奉り、大聖人様が久遠元初の自受用身たることを否定するという「三大謗法」を犯した学会がいつまでも繁栄したら仏法はウソになる。近く崩壊することは断じて疑いない。
仮にいっとき新党が盛り上がりを見せたとしても、それは灯火が消えるときに一瞬、光を増すようなもので、学会が崩壊する趨勢に変わりはない。
今生は罰に呻吟し、後生は入阿鼻獄に至る五百万学会員を根こそぎ救い、ともに御遺命成就の戦いに加えていきたいと強く念願しております。
さて、話は変わります。
広布の決戦場第七年に突入してからのわずかひと月足らずで、世界は「大動乱の時代」というべき様相を呈してまいりました。
アメリカのトランプ大統領は、これまでも不当な関税措置を武器に圧力外交を展開しておりましたが、昨年12月に公表した国家安全保障戦略(NSS)でその方向性が示されたとおり、トランプ大統領の極めて独善的で、力による現状変更も厭わぬ外交・安全保障の、常軌を逸した姿勢が鮮明になりました。
新しい国家安全保障戦略は、アメリカの実利を最大化する「アメリカ・ファースト」を掲げ、アメリカ大陸とその周辺海域の「西半球」におけるアメリカの優位性を回復することを最優先課題とし、中国やロシア等の敵対勢力の軍事拠点の設置や支配を阻止するためには軍事力を用いることをも強調している。
そして
「(ギリシャ神話の巨神)アトラスのようにアメリカがすべての世界秩序を支える時代は終わった」と宣言するとともに、同盟国には
「より多くを分担し、責任を負う」ことを明確に要求しております。
この国家安全保障戦略の元になる発想は、1823年にアメリカの第5代大統領・ジェームズ・モンローが提唱した、南北アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉と、アメリカ大陸はアメリカの勢力圏という、いわゆるモンロー主義に基づいている。
これは当初、欧州の植民地化から南米の独立を支援する内向きな孤立主義でしたが、その後、1904年に第26代・アメリカ大統領だったセオドア・ルーズベルトがモンロー主義を拡張し、西半球において、アメリカは国際的な警察官として振舞う権利と義務があると宣言し、近隣諸国の内政に積極的に介入することを正当化したのでした。
いわゆる「棍棒外交」と呼ばれているものです。
そしてトランプ政権の国家安全保障戦略はこれをさらに進化させたもので、「トランプ版モンロー主義」あるいはトランプのファーストネーム「ドナルド」を掛け合わせた「ドンロー主義」とも言われ、海外メディアの中にはこれを「棍棒外交の復活」と評する論調もあります。
このドンロー主義が実践された最初の事例が、本年1月3日に行われた米軍によるベネズエラへの軍事作戦とマドゥロ大統領の拉致であります。
トランプ大統領は麻薬密輸を理由に奇襲的にベネズエラへの軍事作戦を行い、わずかの時間で同国の大統領とその妻を拘束し、アメリカに移送して裁判にかけた。
報道によれば終身刑が下される可能性もあるという。
その後の記者会見でトランプ大統領は、ベネズエラにおいて「適切な政権移行」ができるまで「我々が運営する」と言い、世界最大の埋蔵量を誇るベネズエラの石油をアメリカの大手石油会社が開発し、世界に販売すると主張した。
これまで反米のベネズエラに対して、中国が多額の資金を貸し付け、ベネズエラはその返済を原油で行なっていましたが、アメリカは今般の軍事作戦で中国の影響力を排除してその主導権を握ろうとしたものと思われる。
確かにマドゥロ大統領は独裁体制を敷き、反体制の者を拷問したりして、ベネズエラ国民を恐怖で支配していた。
だからと言って、国際法に違反して、圧倒的な軍事力を行使して主権国家に対して力による現状変更を行なったら、国際秩序は崩壊します。
トランプ大統領はベネズエラへの介入を「独裁からの解放」「民主化」などと謳っていますが、ベネズエラの石油資源を獲得する目的を隠そうともしない。
このベネズエラへの軍事行動の直後に、トランプ大統領はコロンビア、キューバ、メキシコ等にも威しをかけ、ことに北欧デンマークの自治領・グリーンランドに対しては安全保障上の理由と、レアアースなど豊富な鉱物資源が眠っていることもあってか、「ノドから手が出るほど必要」とそれを取得する強い意欲を露わにしている。
このグリーンランドの領有をめぐっては、トランプ大統領は一時は武力行使も排除しない姿勢を示したり、グリーンランド領有に協力しない欧州8ヶ国に関税をかけようとするなど強硬姿勢をとってきましたが、今後、グリーンランドを獲得するためにあらゆる手段を講ずると思われる。
トランプ大統領はニューヨークタイムズのインタビューで「私には国際法は必要ない」と豪語しておりましたが、今後、アメリカが国際規範を無視して「力による現状変更」をくり返していけば、軍事独裁国家の中国・ロシアはそれを奇貨として、アメリカと同じようにそれぞれの周辺国などを勢力圏と位置づけ、力による現状変更を進めるに違いない。
それはまさに19世紀後半の帝国主義を彷彿とさせる弱肉強食の時代であります。
しかも恐るべきことは、以前とは比較にならない大量破壊・殺戮をもたらす21世紀の新型兵器が開発されていることであり、この世界の大動乱が「前代未聞の大闘諍」すなわち核兵器を使用した第三次世界大戦に繋がっていくのであります。
何よりもこのアメリカの国家安全保障戦略が、日本にとって深刻であるのは、日米同盟の性格そのものを根底から変質させ得る点であります。
新たな国家安全保障戦略は、アメリカが西半球においては自らの軍事的介入を容認する一方、東アジアを含むその他の地域においては、同盟国が防衛能力を高め、まず自らの地域の安全保障に対して一次的な責任を負うことを強く求めております。
すなわちアメリカは
「自国の核心的国益が直接脅かされ、かつ同盟国が自らの責任を果した場合に限り、関与を検討する」
という条件つきの姿勢を明確にしているのであります。
これは従前のように、「日本は日米安保があるから守られる」という前提でアメリカの軍事力に依存してきた体制が、もはや通用しないことを意味しております。
これまでトランプ大統領は「日米安保は不公平だ」「日本は守られるが、アメリカは守られない」とくり返し不満を口にしてきましたが、今回の国家安全保障戦略は、まさにその不満を反映させたものにほかなりません。
その結果、日米同盟は日本がアメリカに守ってもらう「権利」というより、第一列島線において、日本が自ら一次的な防衛責任を負う「義務」をより強く求められる形へとシフトしたのであります。
しかも、法や条約よりも自らの判断を優先するトランプ大統領のもとで、いざというときにアメリカが自国民の血を流してまで日本を守る保証が果してあるでしょうか。
実際、高市首相の「存立危機事態」発言について問われた際、トランプ大統領は
「同盟国は友人ではない。彼らはアメリカから搾取している」と語りました。
この「同盟国」とは日本のことです。
これがすべてを損得と取引で捉えるトランプ大統領の冷徹な本音です。
台湾有事の際、最初に対応を迫られるのは日本であり、アメリカがどの段階で、どの規模で関与するかはすべてアメリカの判断に委ねられている。
国家安全保障戦略によって、日本は戦争の最前線に立たされながら、最終決定権を持たない、極めて不安定な立場に置かれたのであります。
そのような日米関係にあって、高市首相は
「日米同盟の黄金時代を切り開く」として、アメリカにどこまでも追従して、防衛費を増やして日本の軍備拡張を進めている。
そうなっていけば、中国はますます
「日本の軍国主義が復活している」と大宣伝しながら軍事的威嚇を強め、それを口実として日本へ攻撃してくるに違いない。
これこそ「仏法より事起こる」の大罰、すなわち日本一同が日蓮大聖人に背き続けるゆえ、とりわけ正系門家がことごとく師敵対に陥るがゆえに、諸天怒りをなして起こるところの大罰であります。
諸天の責めによる侵略であれば、たとえいかなる防衛努力をしてもすべては虚しい。
日本は中国の核ミサイルで血祭りに上げられ、他国侵逼が事実になるのであります。
しかし大聖人様は「減劫御書」に、全世界の大動乱と広宣流布との関わりについての重大な御指南を、かく仰せ下されている。
「大悪は大善の来たるべき瑞相なり。一閻浮提うちみだすならば閻浮提内広令流布はよも疑い候わじ」と。
「大悪」とは全世界が戦乱でみだれること。「大善」とは広宣流布のことであります。
「一閻浮提うちみだすならば閻浮提内広令流布はよも疑い候わじ」
一閻浮提すなわち全世界が戦乱で打ちみだれるならば、「閻浮提内広令流布」世界に広く三大秘法が流布することは疑いない。
要するに
世界の大動乱という大悪は、やがて全世界に三大秘法が流布する瑞相なのである――ということです。
また「四十九院申状」には
「第三の秘法 今に残す所なり。是れ偏に、末法闘諍の始め他国来難の刻み、一閻浮提の中の大合戦起こらんの時、国主此の法を用いて兵乱に勝つべきの秘術なり」と。
「第三の秘法」とは、迹門・本門の大法を第一・第二とし、文底深秘の大法を「第三の秘法」という。その実体はまさしく「本門戒壇の大御本尊」であられる。
この大御本尊こそ、地球規模の大闘諍と他国来難が起こって日本国まさに亡びんとするとき、国主が帰依して亡国を免れるべき唯一の秘術である――と仰せあそばす。
すなわち国立戒壇建立だけが兵乱に勝つべき秘術、国家・国土の成仏、仏国実現の唯一の秘術なのであります。
かねてからの先生の諫暁のとおり、巨大地震の連発、国家破産、異常気象、食糧危機、大疫病、そして他国侵逼が事実になり、政治の力も経済の力も、そしてアメリカも頼りにならない状況になるとき、日本一同、はじめて我が命惜しさに、国亡ぶ恐ろしさに
「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」
との御本仏・日蓮大聖人の御存在の重きにめざめて
「助け給え南無日蓮大聖人」「南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経」と声をつるべて唱える時が必ず来る。
ここに諸天の働きと相呼応して、大聖人様の絶大威徳と大慈大悲を全日本人に教える第三度の一国諫暁の重大さがあるのであります。
諸天の治罰のテンポの速さ、そのスケールを見るほどに、広宣流布は甚だ近い。
さあ、広宣流布の決戦場第七年の初陣、本年の二八〇万大突破を見つめ、全組織が誓願を大きく突破して、霊山にまします浅井先生にお応えしてまいろうではありませんか。
以上。(大拍手)