本日の総幹部会も広布の大熱気がみなぎり、有難さが込み上げてまいりました。
8月に続き、この9月も列島各地を凄まじい豪雨が襲いました。
8月13日の13人の死者を出した千葉豪雨以降、気象庁の「レベル5特別警報」は石川・富山、福井、鹿児島屋久島、伊豆大島で2回、そして愛知・岐阜と相次ぎました。
さらに今月21日の台風25号でも甚大な土砂災害・河川の氾濫・堤防の決壊等が起こり、千葉と神奈川で11人が死亡し、未だに3人が行方不明だという。(9月25日時点)
このような頻度で尋常ならざる豪雨被害が出たことは未だ曽てなく、専門家も「過去の経験や常識が通用しなくなってきている」と警告しております。
月々日々に激しさを増すこれら天変地夭の根本原因は、日本一同が御本仏日蓮大聖人に背き続けるのみならず、唯一の正系門家が極限の師敵対に陥ったゆえの「諸天怒りをなす」の罰であります。
その中、顕正会員はいよいよ「強盛の大信力」をいだし、国立戒壇建立を見つめ、したたかで逞しい前進を展開しております。
ことに有難いことは、先ほどの登壇発表や顕正新聞に掲載された登壇記事にもあったように、一人ひとりが激しい三災七難の中にも御本尊様から「格別の御守護」「別感の功徳」を頂いていることであります。
大聖人様は四条金吾殿に
「殿の御事をば、ひまなく法華経・釈迦仏・日天に申すなり。其の故は、法華経の命を継ぐ人なればと思うなり」
と仰せ給うておられます。
四条殿はあの竜の口の大法難のとき
「もし大聖人様の御頸刎ねられ奉ったならば、その場を去らずに追い腹切って御供せん」と捨身の決意を堅めた忠誠の人であります。
大聖人様はかかる四条殿のことを
「法華経の命を継ぐ人」
と御賞嘆あそばしておられる。
「法華経の命を継ぐ人」とは、日蓮大聖人の御化導を助けまいらせる、なくてはならない人ということです。
同じく四条殿に対し
「何なる世の乱れにも、各々をば、法華経・十羅刹助け給えと、湿れる木より火を出し、乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」
(呵責謗法滅罪抄)と、不可能を可能にするような強き御一念を以て弟子一同をお守り下さると仰せになっておられます。
何とも有難く、勿体ない限りであります。
いま私たちも、力に応じて広宣流布のお手伝いをするならば「法華経の命を継ぐ人」として、大聖人様から格別の御守護を必ず頂くことができる。
これひとえに、御遺命を唯お一人死守せられ、その実現に命尽くまで戦われた先生のご遺志を継ぐ顕正会員なればこそであります。
今後、三災七難がますます激しくなること必定であれば、いよいよ信心の志を重ね、いかに世の中が荒れるとも決して壊わされることのない功徳の実証を示しつつ、力強く広宣流布に驀進していこうではありませんか。
さて、先月の総幹部会で私は早瀬日如管長に対して、富士川河口断層帯巨大地震の切迫に鑑みて、速やかに「不敬の御開扉」を中止し、いかなる巨大地震等が惹起しても大御本尊をお守りできる三次元免震システムの新御宝蔵を建設すべきことを要請しましたが、その内容が掲載された「早瀬日如管長への諫訴」特集号4を、出来と同時に早瀬管長に送付いたしました。
そして顕正会の有志においても、自発で宗門末寺の住職に新御宝蔵建設の必要性を訴えたところ、中には「そんなことはどうでもいい」と放言する禿人もおり、そのことごとくが信心の欠片もない姿であったといいます。
大聖人様は富木殿御書に
「賢人は安きに居て危うきを欲い、佞人は危うきに居て安きを欲う」
と仰せ給う。
賢人というのは、たとえいま自分の身が安穏であっても、やがて来たるべき危機を常に憂えている。
しかし愚かで心がひねくれた佞人というのは、たとえ目の前に危機が迫っていても、なお目先の安逸を貪る――ということ。
いまの宗門僧侶のことごとくは、まさに「佞人」そのものであります。
私が示した富士川河口断層帯巨大地震のデータは、根拠のない妄言でもなければ、一部の学者の見解でもない。
「地震調査研究推進本部(地震本部)」という、大学や国立研究機関などの学者や専門家たちが成果を集約して地震の長期評価等を公表している政府の特別の機関による調査結果なのです。
国や自治体が防災対策を検討するにあたり使用する基礎資料となるデータです。
その地震本部が富士川河口断層帯の長期評価として、その予想地震規模を「マグニチュード8程度」と算出し、しかも30年以内の発生確率は主要活断層の中でも極めて高いレベルの「10~18%」。
断層に蓄積されたエネルギーの目安とされる地震後経過率は「0.9~2より大」で、すでに平均活動間隔の限界近くにあるか、もしくはそれを大きく超えている恐れがある。
ゆえに地震発生確率が最も高い「Sランク」の中でも、さらに切迫している「S*ランク」に分類されている。これは前回の地震から平均活動間隔の70%以上が経過したものを示します。
さらに日本列島を東西に分断し得る10メートルもの断層隆起の可能性も指摘されている。
ことに留意すべきは、富士川河口断層帯の活断層が「北方にも延長していく可能性がある」と記されていることです。
大石寺の奉安堂は既知の安居山断層の北端から一キロほどのところに位置していることから、その危険性を決して無視すべきではありません。
そして「活断層」とは動かない「断層」とは異なり、過去にくり返し活動し、今後も再び活動すると考えられている断層のことです。
その活動の間隔は数百年から数千年におよぶ。そのため、「これまで何もなかったから、これからも起きない」という浅はかな考えは成り立たないのです。
にもかかわらず、宗門僧侶は「マグニチュード7」「700ガル」しか想定していない脆弱な耐震強度の奉安堂に大御本尊を居え奉っていても、真剣に御安危を憂える心がない。
申すまでもなく、戒壇の大御本尊は金剛不壊の仏身にてまします。
されど、あらゆる事態を想定して大御本尊をお守り申し上げるのが仏弟子の責務であります。
しかるに、宗門僧侶はみな奉安堂を過信して口を揃えて言います。
「奉安堂の須弥壇の内部は、大手銀行の金庫にも使われている耐破壊性に優れた特殊合金で覆われているから絶対に大丈夫」と。
強固であることは大いに結構なことです。
しかしその強固さを以て足りると考えている宗門僧侶は大きな「思い違い」をしているのです。
須弥壇がいかに頑丈であっても、先般の熊本地震の約30倍前後もしくは最悪約1000倍という激烈な地震動が大御本尊に直接伝わってしまっては、元も子もないのです。
須弥壇の頑丈さと、大御本尊に震動が伝わらぬこととは、まったく別次元の問題なのであります。
恐れ多いことながら、想定される事態について敢えて言及すれば――
大御本尊と御厨子を強固に一体化させていれば、巨大地震の際、激烈な地震動が一切減衰せず、そのまま大御本尊に伝達されてしまいます。
反対に固定が甘ければ、大御本尊と御厨子の動きに差が生まれ、その弾みで大御本尊に強い衝撃が加わってしまいます。
考えただけで背筋が凍りつきます。
いかに須弥壇が強固であろうと、建物と須弥壇が一体化されている以上、このような事態になりかねないのです。
ゆえに、建物自体を地面と完全に切り離して揺れを著しく減衰させる「免震構造」にしたうえで、台座にも免震機能を持たせた二重免震とし
さらに御厨子は内部に激烈な震動や衝撃が及ばぬよう、特殊緩衝材による耐衝撃構造を備えた収蔵シェルター型にしなければならないのであります。
さもなければ、巨大地震等から大御本尊の御安泰を全うすることはできないのであります。
本門戒壇の大御本尊は、日蓮大聖人の出世の御本懐にてまします。
下種の御本仏が末法に御出現になり、三類の強敵を用いて、ついに竜の口の頸の座において法界を自身と開き、久遠元初の自受用身と成り給うた。
そして弘安年中にいたり、日興上人の死身弘法により富士熱原地方に法華講衆が出現し、その命かけての「唯願説之」によって、大聖人様は弘安二年十月十二日、全人類成仏のために本門戒壇の大御本尊を建立あそばされたのであります。
かくして大聖人様は、この戒壇の大御本尊を日興上人に密かに付嘱し給い、広宣流布の暁の国立戒壇に安置すべしと御遺命あそばされた。
日興上人は、この御遺命を奉じて大御本尊を堅く秘蔵せられ、もっぱら広宣流布・国立戒壇建立をめざして、大規模なる死身弘法を全国に展開されたのであります。
そして、歴代先師上人の大御本尊厳護のご精神は、昭和三十年に「奉安殿」と名づけられた新御宝蔵が建設されたときの、第六十四世日昇上人の慶讃文によくよく表われております。
「夫れ戒壇の本尊は宗祖日蓮大聖人の本懐、末法衆生帰命の法体、一宗依止の当体なり。宗祖大聖人弘安二年十月十二日之を建立して、血脈付法の二祖日興上人に身に宛て給はるところなり。
上人身魂を尽して護持し大石の寺に奉安し、一閻浮提の座主日目上人に付嘱してより、血脈の法主歴世に奉戴し、或る時は校倉を、或る時は土蔵を宝蔵として奉安し、専心に守護し、国立戒壇の建立を待ちて六百七十余年、今日に至れり。国立戒壇こそ本宗の宿願なり。乃至、血脈付法の法主を継げる日昇、……『時を待つべきのみ。事の戒法とは之れなり』の金言を身に体して、必ず来るべき国立戒壇建立の暁まで守護すべし。後々の法主も一心同体たるべきと確信す。願くば宗祖大聖尊の法魂安穏に常住し給わんことを」
と。
歴代先師上人は、あるときは校倉造の御宝蔵に、あるときは土蔵造の御宝蔵に奉安し、必ず来たるべき国立戒壇建立の暁まで、戒壇の大御本尊を秘蔵厳護し奉ることに心を集中してこられた。
これが歴代先師上人の大御本尊守護の精神であります。
ゆえに、万一にも広布の根源たる大御本尊に危機が及ばんとすれば、時の貫首上人は身命を賭して御守護してこられたのであります。
そこにいま時に当り、明治時代の第五十二世日霑上人・第五十四世日胤上人の御事蹟とその護法の御一念が脳裏を過ります。
明治元年から始まった神道国教化の動きは、やがて「廃仏毀釈」という仏教の排斥運動となって全国に起きてきた。
ことに正系門家・富士大石寺に対しては国粋主義の暴力グループが目の敵にして、大石寺を打ち壊わそうという不穏な動きすらあったのです。
そのような中、明治五年に明治政府は仏教各宗を統制すべく、各宗一つの総本山に統合させる政令を出しました。
このとき身延派が明治政府に取り入って「日蓮宗の総本山は身延であるから、富士大石寺を傘下に収めて統合したい」と申し出た。
その結果、政府から大石寺に対して「身延の傘下に入れ」という布告が発せられたのです。
仮にもそのような事態になったら、戒壇の大御本尊はどうなるのか。
御隠尊であられた日霑上人は明治六年一月、政府の布告に対し、決死の思いを込めた上書を認められた。
その御趣旨は――
「富士大石寺と身延とは全く教義が違う。いずれが正、いずれが邪であるかは、御書の明文による。ゆえに公場対決をさせてほしい。その上で、もし当方が間違っていたなら、身延に統合されて当然である。しかし、もし身延が誤りであったならば、この布告をお受けすることは断じてできない」と。
その原文には
「設い戮を蒙るとも、奉命に耐えざる処なり」
とある。
「戮」とは殺戮のこと。すなわち、たとえ死罪を受けるとも、その命令には従えません――と。
そして、もし敢えて権力を以て身延への統合を強要するのであれば
「臣等、寧ろ服を更え、道路に餓死する事ありとも、敢えて奉命に耐えざる処なり」
と。
「臣等」すなわち日霑等は「寧ろ服を更え」道路に餓え死にするとも、敢えてその命令には従えません――と必死の思いを込めて諫暁書を提出された。
果して、結果はどうなったか――
その七ヶ月後、政府は身延が画策した「大石寺併合」の陰謀をなんと却下し、独裁権力にも近い明治政府がついに折れてしまった。
これこそ大聖人様の御守護そのものであります。
まさに日蓮大聖人の唯一の正系門家を、御本仏の法魂たる本門戒壇の大御本尊を、命かけて守り奉らんとの日霑上人の決死の御覚悟には熱涙が込み上げてまいります。
そのような中で、御隠尊の日霑上人と御当職の日胤上人は、「万一にも戒壇の大御本尊に危害が加えられたら……」と深き憂いを懐かれ、現在の東京本郷にあった加賀邸(現・東大キャンパス)の堅固なる蔵に戒壇の大御本尊を密かに遷し奉られたのであります。
その折、日霑上人と日胤上人の命を受けて、六名の信徒が御遷座の大任を務めた。
そのうちの一人・吉野萬吉という方に日胤上人が御書写下さった賞与御本尊が、神奈川会館に懸け奉られている御本尊であります。
その脇書にはこう認められている。
「右者今般、御大事守護の功績に依り、授与する処なり。大信者 吉野萬吉」
と。
「御大事守護の功績」とは、まさしく戒壇の大御本尊御守護の大功績であります。
先生はこの賞与御本尊に関して、かく仰せられました。
「私は霑尊・胤師の御心労、そして吉野萬吉という方の捨身の決意がわかるから、この御本尊を……拝むと涙が出てくる」
……と。
一日片時も心安きことなく、日夜戒壇の……大御本尊の御安危を憂え、ご祈念されていた先生の……お姿が思い起こされては熱涙が滴ります。
そして先生は、この極秘裏の御遷座のほかに
「その上さらに万万一の事態に備えて、重々の御配慮まであそばしておられる」
と仰せられております。
かつて先生からその「重々の御配慮」についてお伺いしましたが、廃仏毀釈の狂瀾への警戒、そして身延との統合問題を憂慮して、最悪の事態をも想定した並々ならぬその御配慮・御苦心にひれ伏すとともに、万一のことあらば万死を以ても償えずとの必死護法の大忠誠心と、国立戒壇建立の暁まで何としても御守護せんとの無限の責任感を痛烈に感じ、強い衝撃を覚えました。
これが富士大石寺歴代上人の、戒壇の大御本尊の御安危を憂え秘蔵厳護し奉る御心であります。
しかるに現在の宗門はどうか――
予想される地震規模におよそ対応し得ぬ耐震性の、しかも激烈な地震動が直接 御厨子に伝わる造りの奉安堂に大御本尊を居え奉り、そのうえ悪人が紛れ込む余地すらある隙だらけの「不敬の御開扉」を強行している。
その実態は、「登山をしなければ成仏できない」などと言ってはノルマを割り当て、信心の覚束ない信徒まで何度も登山させ、さらに供養さえ出せば員数に加える「付け願い」制度まで設け、ただ本山の収入を図っている。
こんな罰当りはない。
近年の大学匠・第五十九世日亨上人は御開扉について次のごとく仰せられている。
「開山上人は、これを弘安二年に密附せられて、正しき広布の時まで苦心して秘蔵せられたのであるが、上代にはこのことが自他に喧伝せられなかったが、いずれの時代(中古か)からか、遠き広布を待ちかねて、特縁により強信により内拝のやむなきにいたり、ついには今日のごとき常例となったのは、もったいない事であるから、四十余年前には、有名な某居士が懇願して月一回という事にもなった事があったが、永続しなかった」
(富士日興上人詳伝)と。
日興上人は弘安二年に密附された本門戒壇の大御本尊を広布の暁まで苦心して秘蔵せられ、上代にはその御存在すら自他に喧伝されなかった。
しかし遠き広布を待ちかねて、特縁や強信の者の懇願によって、やむなく例外的に内拝(時の貫首上人が特別に許可して御宝蔵の中に案内して密かに拝ませること)を許すようになったが、やがて常例化したことは「もったいない事である」――と。
この御指南に照らせば、戒壇の大御本尊は本来「秘仏」として広宣流布の時まで秘蔵されるべきものであり、一般の信徒が日常的に拝む対象ではないということです。
現在の宗門が行なっているのは「御開扉」という名の商売にほかならない。
御遺命破壊の大罪を些かも改悔せぬ無道心の禿人の生活のために、戒壇の大御本尊を「営利の具」とする不敬冒涜を恐れ多しと思わぬかと言いたい。
先日、男子部の幹部が話をした宗門関係者の証言によれば、昨今の宗門の凋落ぶりは凄まじいものだという。
折伏が全く進まないうえに、以前に比べて登山者もかなり減り、週四回行われる御開扉では支部登山がある一部の日曜を除き、平日の登山会などは五千名収容の奉安堂においてわずか100名程度しか参加しないのだという。
また、ある末寺においては誰ひとりとして参詣もしなければ供養もしないほど廃れ、本山の援助で成り立っているのだという。
先日などは夏期休暇をとった若い住職が帰ってこず、後日に還俗願いだけが送られてきたという。
宗門の未来に希望を持てる状況ではないということらしい。
これら宗門の凋落こそ、ひとえに池田大作にへつらって御遺命を売り渡し、偽戒壇・正本堂の誑惑に協力した御遺命違背の罰であります。
もういい加減、早瀬管長は大聖人様に五体投地の懺悔をなし、御遺命の国立戒壇を宣示しなければいけない。
そして何より、戒壇の大御本尊の御安危こそ一閻浮提第一の大事であれば、「不敬の御開扉」を速やかに中止し、いかなる巨大地震等からも戒壇の大御本尊をお守りすることができる三次元免震システムの完璧なる新御宝蔵を建設されんこと、重ねて衷心より訴えるものであります。
余談ですが、学会の崩壊についても少しふれておきます。
私は昨年十二月度総幹部会で、学会が本年のテーマを「世界青年学会 躍動の年」と掲げて活動するも、その実、学会の最重要行事たる「本部幹部会」を年に2回しか開催できなくなるなど、本年は「躍動の年」どころか「崩壊の年」になると断じましたが、学会の没落は月々に顕著となってきております。
本年一月に立憲民主党と公明党の衆議院議員が合流して発足させた「中道改革連合」は、衆院選で大惨敗を喫しました。
その後、参院の立憲・公明を含む三党合流もまとまらず、今月「中道改革連合」は事実上の解体に至りました。
自民党に対抗するため「大きな塊を作る」と豪語していたのが、結局は四分五裂になってしまった。
この一連の中道解体劇で何より深刻なのは、学会執行部に対する会員の不信感が頂点に達したことです。
中道が結成された直後、会長の原田稔は「全国地区部長・地区女性部長会」で、当時の公明党代表・斉藤鉄夫に新党結成の経緯を報告させたうえで、「日本の政治史において、新しい扉が開かれた」と大仰に宣言し、池田大作の「中道主義」を引いて支援を呼びかけた。
内部向け資料でも「新・人間革命」の池田の言葉を引用して、対話・電話・SNS・座談会で「毎日励ましを送れ」と徹底して指示を出しました。
学会員はいつもの選挙以上に、公明党から中道に変わった理由を友人・知人に説いてまわり、「決して野合ではない」と必死に投票を依頼した。その結末が、わずか八ヶ月での解体決定です。
原田稔は学会の会合で
「必死に応援してくれた同志に申しわけない」と伝えたと報じられています。
しかし、池田大作の言葉を「錦の御旗」に掲げ、散々振り回わした学会執行部に対し、学会員の不信と疑念はもはや拭い切れないものになっているに違いない。
大聖人様は四条抄に
「夫れ運きはまりぬれば兵法もいらず、果報つきぬれば所従もしたがはず」
と仰せ給う。
三大謗法を犯した学会は、やることなすこと裏目に出て、崩壊を加速させていくことは疑いない。
今こそ、悪師・池田大作およびその一党に騙され、今生には功徳を失い、後生には入阿鼻獄となる四百万学会員を根こそぎ救い切ってまいらねばなりません。
話は変わります。
高市首相は本年4月の自民党大会で
“来年の党大会までに改憲発議のメドを立てたい”
と宣言し、さらに昨日24日に開催された日本会議および同議連設立30周年記念式典にメッセージを寄せ
「国会においては決断のための議論を進めていく」
と改憲への意欲を示しましたが、いよいよ改憲を見据え形振り構わず突き進んでいるかのごとくであります。
そこに先日、来年度予算の概算要求額が過去最高の143兆円超に達したという報道がありました。
この要求額がそのまま来年度の当初予算になるのではなく、これから財務省の査定や国会審議を経てはじめて予算として成立するものですが、この概算要求の中で異常さが際立っていたのが「広報費」の激増であります。
私はこれ、改憲を睨んでのものと見ております。
“熊本地震の被災地を利用して高市自身をPRするプロモーションビデオのようだ”と批判を受けた動画など(下写真)を発信している内閣広報室の「広報費」が、今年度の約7億円から、なんとその10倍超となる72億円に、さらに内閣府の「政府広報費」も、前年度当初予算の78.8億円から約3.6倍の280.5億円にまで増加しているのです。
この二つの要求額を合計すると実に約350億円にものぼる。
単純に365日で割ると、一日あたり約1億円の広告を打つことができるほどの金額です。
これが具体的にどれくらいの規模かというと――
たとえば2025年の新聞広告費全体の約11%、地上波テレビ広告費全体の約2%に当ります。
新聞広告でいえばすべての広告の10個に1個、テレビ広告ならすべてのCMの50本に1本が政府枠になり、毎日複数の新聞やテレビそしてネット上に途切れることのない大量の広告を打つことができる規模なのです。
政府はこの莫大な広報費の要求について「動画やAIの活用など情報収集の方法は変化している」「従来のやり方では幅広い世代に十分な情報を届けられない」などと説明していますが、ふつうに質疑応答を伴う記者会見を開き、公文書で発表すればこと足りるにもかかわらず、なぜそれを積極的に行わないのか。
本来の「行政広報」とは、国民に必要な情報や制度の変更、公文書などを透明性高く開示することです。
しかしいま行われようとしているのは、そうした情報の提供ではなく、巨額の税金を投入し、政権のイメージを高め支持を集めるための「宣伝」すなわち「プロパガンダ」による世論誘導にほかなりません。
実際、2022年に共同通信が放ったスクープを見れば、その狙いの一端がわかります。
そのスクープとは、防衛省がAI技術を使ってSNSで国内世論を誘導する工作の研究に着手した――というものです。
複数の政府関係者の証言によれば、インターネットで影響力がある「インフルエンサー」が、防衛省に有利な情報を発信するように仕向けてネット空間でのトレンドを作り、爆発的にそれが広がるように情報操作をするというものです。
当時、岸田元首相はそれを否定しましたが、いま高市政権はこの手法を発展させ、最新のAI技術などを使って、かつてない規模で世論誘導を行おうとしていることが窺われる。
たとえば件の「中傷動画」疑惑や、衆院選の際に短期間で異常ともいえる1億6千万回も再生された高市のメッセージ動画、
さらに先の沖縄県知事選における、高市支持のネトウヨなどによる対立候補のフェイク動画や誤・偽情報の氾濫などはそのハシリと思わずにはいられない。
何より懸念されることは、政府が巨大広告主になったとき、あらゆるメディアが仕事ほしさに広告主である高市政権に忖度し、何も批判しなくなることであります。
メディアが本来の使命である「権力の監視」を怠れば、政府に都合の悪いことは報じられず、都合のよい情報だけが世に溢れるようになる。
そうなれば、戦時中の「大本営発表」と何ら変わらない。高市政権のやりたい放題になる。
テレビをつければ芸能人・御用学者・コメンテーターらが高市政権を持ち上げ、ネットを見れば同様の広告や動画が流れ、改憲を見据えて自衛隊の努力をアピールしたり、災害時に緊急事態条項が必要な理由を説いていく。
ひいては「神社は日本の文化・伝統である」とか「神道は素晴らしい」という刷り込みが行われていけば、国民は無意識のうちに「神の国」への抵抗がなくなっていく。
かくして国民は気づかないうちに巧みなプロパガンダに誘導されていく、という事態になってもおかしくはない。
そしてこのようなやり口を考えるとき、高市政権はナチスの宣伝手法に少なからず影響を受けていると見受けられる。
ナチス・ドイツでは、国民啓蒙・宣伝大臣だったゲッベルスが、集会の演出や新聞・ラジオ・映画などを通じたプロパガンダを反復することによってヒトラー個人の英雄化をはかり、世論を誘導していった。
国民啓蒙・宣伝省の公式予算は1933年の発足時から8年で13倍強にも膨らんでおります。
このプロパガンダはヒトラーの独裁を正当化し、国民の戦争への支持を広げるうえで大きな役割を果したのでした。
実際、高市首相は1994年(平成6年)に発刊された「ヒトラー選挙戦略」(小粥義雄著)という書籍に推薦文を寄せております。
当時、自民党東京都連の事務局広報部長だった人物が物したこの本は、ヒトラーの政治・宣伝戦略を高く評価し、それを日本の選挙に応用せんと発刊されたものです。
この書籍では、ヒトラーの発言を無批判に引用し、それを受けて「現代選挙の必勝法」を述べていく構成になっております。
中には
「説得できない有権者は抹殺すべきです」などと物騒な言葉を用いて
「この抹殺とは人を殺すことではありません。政治的活動を一切させないように工作することです」と反対派を封じ込める謀略的な手法まで推奨しているのです。
この本は、海外のメディアや人権団体などの抗議を受け、発刊から約二ヶ月で絶版回収になったのでした。
高市はこのような本に
「著者の指摘通り勝利への鍵は『強い意志』だ。国家と故郷への愛と夢を胸に、青年よ、挑戦しようよ!」
などと顔写真入りで推薦文を寄せていたのです。
後年、このことが問題視されると、高市事務所は推薦文を寄せた事実が存在しているにもかかわらず
「記憶がなく、コメントできない。高市本人も著者を知らない」などと見え透いたウソで誤魔化しております。
また自民党副総裁で高市首相の後見役とされ、日本会議国会議員懇談会の特別顧問を務める麻生太郎も、2013年(平成25年)、当時 安倍内閣の副総理だったとき、櫻井よしこが理事長を務める「国家基本問題研究所」が開催したシンポジウムで、憲法改正をめぐって次のように述べている。
「ドイツのワイマール憲法もいつの間にかナチス憲法に変わっていた。誰も気が付かなかった。あの手口に学んだらどうかね」
と。
“ワイマール憲法を形式上残したまま、「全権委任法」を成立させて独裁体制を確立させたナチス・ドイツの手口を学んだらどうか”と述べたのです。
麻生は後日「誤解を招いた」として発言を撤回しましたが、実際のところは、これが本心だった可能性が高い。
高市政権がこれほどまでに巨額の広報予算を要求し、世論工作やプロパガンダを強化しようとする狙いこそ、「憲法改正」にほかなりません。
改憲を成し遂げるためには国会の発議にとどまらず、「国民投票」で過半数の賛成を得なければなりません。
そのために高市政権は、ネットやテレビで大量の宣伝を流し続け、批判的な声を封じ込めつつ、「改憲への空気」を短期間で一方的に醸成しようとしているのです。
だからこそ、かつてナチスが用いたような宣伝戦略や世論誘導の手法を活用しようとしているのです。
しかも現在の国民投票法は、政党によるテレビやネットなどの広告に対する量的な規制が極めて甘く、莫大な資金力を持つ与党側が圧倒的に有利な建て付けになっている。
かくして、自民党改憲4項目でまずは手始めの改憲を成し遂げ、その後に国家神道的な国体に回帰させる改憲を狙ってくると思われる。
そのことは、高市首相が二十代のころから指導を受けてきた日本会議の中枢メンバー・伊藤哲夫の改憲戦略や、高市首相本人が望むベストな改憲案を見れば否定のしようがないところであります。
伊藤哲夫は自著(「憲法かく論ずべし」)において、憲法を家に見立てて、九条等の条目の改正などは家の壁紙の張り替え作業に過ぎず、改憲の肝心はもっと「根底的」な家の土台すなわち設計思想を変えることが「絶対条件」であることを述べている。
伊藤がめざす設計思想とは、彼の自著にある通り「記紀(古事記・日本書紀)の神話伝承を源泉とする神道的文化伝統への本格的回帰」
であることは言うまでもありません。
また高市首相は自身のブログ(2005年12月6日・7日)において憲法を改正して、日本を「靖国神社で戦没者を追悼する義務を負う国」
にしようとしている旨を述べている。
これが実現すれば、国家の責務として靖国神社で戦没者に対する追悼が行われるようになり、靖国神社すなわち「神道」が日本において優越的な地位に立ち、ひいては明治憲法下における「国家神道」のような状況が復活し得るのであります。
このような「神の国」を作らんとする策謀を顕正会は断じて許さない。
いや大聖人様が許し給うはずがない。
高市首相をはじめ日本会議界隈の輩は、明治憲法下の時代のように天皇を「現人神」とする国家神道的な国体回帰をめざしているが、日本は「神の国」ではない。
では、日本とはいかなる国か――
富士大石寺第二十六世日寛上人は、次のごとく御指南下されている。
「日本国は本因妙の教主・日蓮大聖人の本国にして、本門の三大秘法広宣流布の根本の妙国なり」
(依義判文抄)と。
かかる御本仏日蓮大聖人を守護し奉る神々が、天照太神・八幡大菩薩なのであります。
ゆえに下種本仏成道御書には
「天照太神・正八幡宮も頭をかたぶけ、手を合はせて地に伏し給うべき事なり」
と。
また産湯相承事には天照太神について
「久遠下種の南無妙法蓮華経の守護神」
と仰せ給う。
まさしく「仏は主君、神は所従」なのです。
これを取り違えて神を主と崇め、御本仏日蓮大聖人を無視・軽賎するならば、その謗法によって国は必ず傾くのであります。
明治憲法下の日本が「国家神道」を本とした結果、日清・日露・日中・日米の四つの戦争に巻き込まれ、世界で初めて原爆を落とされて敗戦の憂き目を見た。
これは誰も否定できない国家的大罰の現証であります。
では、真の国家安泰は何によってもたらされるのか――
日本国一同が御本仏日蓮大聖人に帰依し奉り、国家意志の表明を以て建立される国立戒壇に「本門戒壇の大御本尊」を安置し奉る以外にない。
このとき
「日蓮は日本国の柱なり」
「日蓮は日本の人の魂なり」
との仰せが始めて事相となるのです。
御本仏日蓮大聖人を「柱」とし「魂」とする国は、まさしく仏国であります。
この仏国は、諸天が厳然と守護するゆえに金剛不壊なのであります。
国家権力を以てしても御頸刎ねること能わなかった、あの竜の口における荘厳・崇高・威厳に満ちた御尊容、目に灼きつく大現証を拝見すれば、実感するばかりであります。
そして世界の人々が「本門戒壇の大御本尊」を信じて「一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱う」
るの時にいたれば、世界が寂光土になる。
このとき、地球上から戦争・飢餓・疫病等の三災は消滅して、この地球上に生を受けた人すべてが、三大秘法を受持して一生のうちに成仏を遂げさせて頂ける。これが御本仏の雄大なスケールの御化導であられる。
ゆえに教行証御書には
「前代未聞の大法此の国に流布して、月氏・漢土・一閻浮提の内の一切衆生 仏に成るべき事こそ、有難けれ有難けれ」
と。
この大聖人様の究極の大願を実現するそのカギこそが、日本における国立戒壇建立なのであります。
この重大御化導のお手伝いを申し上げるのは、解散処分を受けるとも御遺命を死守された先生のご遺志を継いで戦う顕正会以外には断じてない。
その大前進の中に、早瀬管長に対する二つの大事も、「神の国」への野望粉砕も、必ず事実になる。
すべては顕正会の前進にかかっているのであります。
さあ、顕正会「第二の原点」の月・十月、大事の御大会式と浅井昭𫟘先生追善法要を見つめた怒濤の大前進をなし、御報恩の赤誠を尽くしてまいろうではありませんか。
以上。(大拍手)
会長のご講演