きょうの総幹部会もまことに素晴らしいですね。一人ひとりの登壇に信心の真心と広宣流布の大情熱がたぎり、大感動いたしました。
そして本日の登壇にもありましたが、顕正会の集会には、まことに「良き臨終」についての報告が多いですね。
その報告を聞くたびに、私は大聖人様の大慈大悲を拝して、有難さが胸に込み上げてまいります。
大聖人様は法華題目抄に、次のような御意をお示し下されております。
「たとえ難しいことは何もわからなくても、ただ南無妙法蓮華経と、一生の間にただ一遍だけ唱えても、ついには成仏することができる」(取意)と。
この御意について、日寛上人は法華題目抄文段において次のごとく御指南下されている。
「問うて云く、若し爾らば我等衆生、一期に一遍なりと雖も不退の位に到るべきや」
―もし大聖人様の仰せのごとくならば、我ら衆生、一生の間にたった一遍だけお題目を唱えるだけで成仏にいたるのであろうか――。
「答えて云く、若し過去の謗法無き人は実に所問の如し。遂に不退に到るべし。然るに我等衆生は過去の謗法無量なり、此の謗法の罪滅し難し。乃至、故に信力強盛に妙行を励むべきなり」と。
―もし過去に謗法の罪がない人は、実に大聖人仰せのごとく、一生の間にたった一回、お題目を唱えても成仏ができるのである。だが、我ら衆生は過去の謗法が無量であり、その罪は滅しがたい。ゆえに信心強盛に唱題に励むべきである――と。
たとえどれほど過去の謗法の罪障があろうとも、信力・行力が強ければ、その罪は必ず消えていく、直ちに消えていくのです。
そのことを大聖人様は、千日尼抄にこう仰せ下されている。
「譬へば黒漆に白物を入れぬれば白色となる。女人の御罪は漆の如し、南無妙法蓮華経の文字は白物の如し」と。
これは千日尼が佐渡から、女人の罪障についてお伺い申し上げたことに対する御教示です。
大聖人様はこう仰せ下さる。
「譬へば黒漆に白物を入れぬれば白色となる」と。
漆の原液は真っ黒でドロドロしているが、白粉を入れると、白粉が黒い漆に負けて黒くなると思うが、そうではない。白粉が勝って、黒い漆が白くなるのです。
これと同じように、たとえ過去の罪障がどれほど深くとも、信心つよくお題目を唱え奉れば、必ずいかなる罪障も消える。そのことを
「女人の御罪は漆の如し、南無妙法蓮華経の文字は白物の如し」
と仰せ下さるのであります。
また日寛上人は観心本尊抄文段において、こう仰せられている。
「本尊に於ては最極無上の尊体、尊無過上の力用なり。故に行者応に須く信力・行力の観心を励むべし。乃至、一たび人身を失えば万劫にも得がたし。一生空しく過ごして永劫悔ゆること勿れ」と。
大聖人様の留め置かれた「本門戒壇の大御本尊」は、この大宇宙において「最極無上の尊体」、これ以上はない尊い法体である。それは、まさしく御本仏・日蓮大聖人の御当体であられるからです。すなわち日蓮大聖人の御生命を文字で顕わせば戒壇の大御本尊の御相になる。ゆえに戒壇の大御本尊の体は、まさしく生きてまします日蓮大聖人であられる。ゆえに「最極無上の尊体」なのです。
そしてこの御本尊様には、我ら凡夫を仏にして下さる偉大な力用がまします。ゆえに「尊無過上の力用」と仰せられる。
ゆえに我らはこの大御本尊を深く信じて南無妙法蓮華経と唱え奉り、「観心」すなわち成仏の修行に励まなければいけない。ひとたびこの身を失うならば、いつの日か再び人間として生まれることがあろうか。ゆえに一生空しく過ごして永劫に悔いを残してはいけない――と。
これが日寛上人の有難い御指南であります。
ところが今、この最極無上・尊無過上の戒壇の大御本尊様を、学会は「受持の対象にしない」と言って捨て奉った。
これ第六天の魔王 池田大作の身に入るゆえに、この極限の大謗法が起きたのです。このままでは学会員は全員「入阿鼻獄」となる。私は学会員は不憫だと思っている。何としても救っていきたいと思っております。
一方、宗門は、学会にへつらって国立戒壇の御遺命を捨て、偽戒壇・正本堂のたばかりに全面協力した。すなわち偽戒壇・正本堂を讃嘆し「御遺命の戒壇」とたばかった。
そして未だに改悔してないではないか。「80万体勢達成」などと虚言を吐く前に、御遺命に背いた大罪を、大地に身を投げて懺悔しなければいけない。
だが平然としている。要するに信心がないのです。大聖人の御眼を恐れてないのです。
そして収入が減れば、戒壇の大御本尊様を「営利の具」として御開扉料稼ぎに狂奔している。なんと恐れ多いことか。
彼らには、大聖人様の御眼を恐れる道念がないのです。求めるのは己れの利益だけ。これを「食法餓鬼」と言うのです。
顕正会は御遺命を守護し奉ったゆえに解散処分を受けた。この解散処分は、池田大作が顕正会を潰滅させるべく宗門になさしめたものです。
だが、全顕正会員の戒壇の大御本尊様に対し奉る信心は、いよいよ深く、澄み切っている。
そしていよいよこれより、遥拝勤行による広宣流布の大行進が始まったのであります。
いいですか。
戒壇の大御本尊様は、日蓮大聖人より日興上人に密附された最極無上の尊体で、広宣流布のその日まで、御宝蔵に秘蔵されるべき大御本尊であられる。
ゆえに歴代上人は客殿で丑寅の勤行をなされたのち、座を改めて、客殿から御宝蔵にまします戒壇の大御本尊を遥拝される。これが「秘蔵し奉る」の大精神なのです。
いずれの時代からか、遠き広宣流布を待ちかねて御開扉を願い出る篤信の者もあり、これを時の貫首上人は「内拝」として特別にお許しになることもあったが、現在のような、登山者を募集しての営利目的の御開扉などは言語道断、大聖人様の御意に背き奉ることこの上もない。
このような不敬の登山はかえって罪を作るのです。内房尼御前の故事を見ればよくわかりますね。
いま顕正会は、解散処分によって自然と遥拝勤行の道が開かれたこと、大聖人様がこの遥拝勤行をお教え下されたものと、私は深く拝しております。まさしく遥拝勤行こそ「忠誠の証」であり「広布最終段階の信行」なのであります。
戒壇の大御本尊様は「一閻浮提総与」の大御本尊であられる。「総与」とは、全人類の一人ひとりに、総じて授与して下さったということ。この大御本尊をいま恋慕渇仰して、一人ひとりが、直接、距離を乗り越えて拝みまいらせる遥拝勤行は、なんと有難いことか。
信心に距離は全く関係ない。日本列島のどこから拝みまいらせようと、いや地球上のどこから唱え奉ろうと、直ちに大聖人様に通ずるのです。
ゆえに大聖人様は、千里離れた佐渡に住する千日尼御前に
「御身は佐渡の国にをはせども、心は此の国に来たれり。乃至、御面を見てはなにかせん、心こそ大切に候へ」と。
―いま千日尼御前は遠い佐渡の国にいるが、心はこの身延に来ているのである。御面を見るとか見ないではない。心こそ大切なのである――と。
なんと有難い御教示か。この仰せこそ遥拝勤行の大精神であります。
そして、遥拝勤行で最も大事なことは「日蓮大聖人 眼前にまします」の信心に立つことです。
戒壇の大御本尊は、生きてまします日蓮大聖人の御当体であられる。ゆえに大聖人様を「有難い」「お慕わしい」と恋慕渇仰して、日蓮大聖人の御名を「南無妙法蓮華経」と唱え奉る。そのとき「名は必ず体にいたる徳あり」(十章抄)で、直ちに大聖人様に通じ、我ら凡夫が日蓮大聖人・戒壇の大御本尊と一体にならせて頂き、ついには一生成仏が叶うのであります。
この遥拝勤行は、広宣流布の時には必ず一国に満ちる。そしてこの恋慕渇仰の信心が「勅宣・御教書」となって凝集されるとき、御遺命の国立戒壇が建立される。そしてその国立戒壇に、いよいよ「本門戒壇の大御本尊」が御出ましあそばすのであります。
この重大御化導は、大聖人様の絶大威徳によって必ず遠からず成る。
そしてこの御化導をお手伝いし奉るのは、解散処分を受けるとも一筋の忠誠を貫き、その死身弘法いま三百万に成らんとしている顕正会以外には、あるべくもないのであります。
ここに迎える九・十・十一月は、本年最後の法戦であります。
一国の総罰 月々に激しさを増す中、いよいよ人を救い国を救う大法弘通を、用心深く、そして力強く進めていきたい。
誓願は「二万」といたします。コロナの感染拡大もあり低く抑えました。
どうか、すべての組織が、それぞれの誓願を大きく突破して、大歓喜の中に大聖人様に応え奉りたい。こう私は強く念願しておりますが、みなさん、どうでしょうか。(大拍手)
さて、大聖人様は立正安国論において、亡国の大難たる自界叛逆・他国侵逼を御予言あそばす肝要の段において、次のごとく仰せられている。
「先難是れ明かなり、後災何ぞ疑わん」と。
「先難」とは、正嘉元年以来の天変地夭・大疫病・大飢饉等の諸災難。
「後災」とは、やがて起こる亡国の大難たる自界叛逆と他国侵逼の二難を指す。
すなわち―先難がすでに明らかである以上、後災たる自界叛逆と他国侵逼の大難が起こることは必定である――と御断言下されているのです。
そして立正安国論の「奥書」には
「未来亦然る可きか」と。
これ、広宣流布の前夜に再び安国論にお示しのごとくの現証が起こることを、前もって仰せ給うたものと私は拝する。
どうです。いま亡国の予兆たる「先難」は、相次いで現われつつありますね。その先難を挙げれば次のごとくです。
いま地球規模で異常気象が頻発していますね。
6月下旬から7月初旬にかけて、アメリカ北部とカナダ西部を襲った熱波は「千年に一度のもの」と言われ、カナダ南西部のリットンでは49.6度の高熱を観測し、高温と乾燥が続いて山火事が拡大し、街の大部分が焼失してしまった。
またドイツとベルギーでは、7月14日から15日にかけて大洪水が発生し、死者は150人を超え、行方不明は1000人以上と伝えられている。
さらに中国中部の河南省では、7月17日から記録的な豪雨が続いて120万人が被災したという。現地の気象局はこれまた「千年に一度の豪雨」との見解を示している。習近平国家主席は即日、被災者の救済に取り組むよう関係部門に重要指示を発している。
そして日本では、3年前に西日本豪雨があり、昨年には九州豪雨があり、毎年のように記録的な大雨に見舞われているが、本年8月も日本付近に停滞する前線の影響で、九州・中国・北陸地方は記録的な豪雨に襲われている。
気象庁は8月14日に、佐賀・長崎・福岡・広島に「大雨特別警報」を発表し、さらに記者会見では「前線の活動は非常に活発で、線状降水帯が発生するような気象状況が継続している。長引く大雨で土砂災害・河川の氾濫・家屋の浸水の危険度が高まっており、最大級の警戒が必要」と述べている。この記録的豪雨は現在進行中であります。
このように、今まさに地球規模で気候変動が起きつつある。
この根本原因は、CO2の増加というような表面・枝葉の原因ではなく、まさしく太陽活動の異変、諸天の治罰なのであります。
10年前の平成23年3月11日、東日本巨大地震が発生した。この地震は日本の観測史上の最大。地震規模を示すマグニチュードは「9・0」であった。大津波を伴ったので犠牲者は約2万4000人。まことに痛ましい限りでした。
そしてこの超巨大地震を号鐘として、いよいよ日本列島は「大地動乱の時代」に入ったのであります。
現在、多くの専門家が「首都圏直下」と「南海トラフ」の地震についてその切迫を論じております。
その中で、著名な地震学者の高橋学・立命館大学特任教授は次のように述べている。
「首都圏は、太平洋プレートの上にフィリピン海プレートがあり、その上に北米プレートが載っかっているが、そのバランスがいま崩れかけている。相模湾から房総半島沖にある相模トラフが、危険な状態になっている」
さらに
「この相模トラフの巨大地震は、首都圏直撃に止どまらず、フィリピン海プレートと北米プレートが大きく動く可能性がある。その場合、駿河湾から宮崎沖に続く南海トラフの地震と、東日本の太平洋沿岸の地震が、同時または時間を置いて起きる恐れがある」と。
つまり「首都圏直下」と「南海トラフ」の地震が、同時あるいは少し間をおいて起きる恐れがあると言っている。まことに深刻な警告であります。
首都圏というのは、軟弱地盤の上に広がっている超過密のハイテク巨大都市群で、人口は3500万人。
この首都圏がもし「震度7クラス」の巨大地震に襲われたら、人類にとって始めての経験、その惨害は想像を絶する。
その上に南海トラフ地震が重ねて起きたら、日本は潰滅的打撃を受けること必定です。
いま広布の決戦場20年代に突入して、このような巨大地震の連発がまさに起こらんとしているのであります。
大聖人様の御在世には、正嘉と弘安年中に大疫病が国中に蔓延したが、今の新型コロナウィルスの感染力もまことに強大です。
20年代の初頭に中国の武漢市で発生したこの新型コロナは、本年8月23日現在で、世界の感染者数は2億1185万人、死者は443万人。日本では感染者130万人、死者1万5000人となっている。
このウィルスは次々と変異して、より感染力が強い変異株となる。いま「デルタ株」がインドで発生し、さらに強力な「ラムダ株」が南米ペルーで猛威を振るっている。
このラムダ株が日本で始めて確認されたのは7月20日だった。しかし厚労省はこれを隠蔽して公表しなかった。なぜか。オリンピックへの影響を考慮したからです。
佞人どもは国民の命より、己れの名利と利益を優先する。したがって政治家の打つ手がすべて後手後手であるから、いま深刻な医療崩壊が起きているのです。
現在のところ、感染爆発がいつ収まるのかは、誰にもわからない。8月13日には1日に新規感染者が始めて2万人を超えた。このとき専門家からは「感染拡大は制御不能で、災害レベルの非常事態に陥っている」との強い危機感が示された。秋・冬にはさらに感染は深刻になると予測されている。
まさに一国総罰です。この大疫病も、まさに他国侵逼の先兆なのであります。
この経済崩壊も、新型コロナが引き金となっているのです。
ということは、世界各国はコロナ対策として大規模な財政出動と金融緩和をした。
各国政府は国の借金である国債を増発して、それを中央銀行に買い取らせ、お札を刷りまくったのです。そのカネがいま株式市場に流入して、米国は史上最高値を付け、日本も30年ぶりの高値を付けている。
このように今、米国をはじめとして世界各国が財政規律を無視して通貨を増発しているが、これは政府の大衆迎合・人気取りの一面もあり、やがて財政破綻とハイパーインフレを必ず招く。そしてその尻ぬぐいは、重税を以て国民に押しつけられるのです。
このような放漫な政策が取れるのも、本を正せば、1971年、これ正本堂の前年ですが、この年の8月15日、アメリカ大統領ニクソンが、突如、深夜に緊急記者会見を開いて、「金とドルの交換停止」を宣言したからです。
それまでの紙幣は金と交換できる「兌換券」であった。金があくまで正貨だったのです。金こそまさに人類史上5000年にわたる正貨です。
だが、兌換制度では金の保有が義務づけられるから、経済政策が制約される。そこで金が不足したアメリカは、ニクソン大統領のとき「金との交換を停止する」と宣言した。
そしてその2年後には世界の主要通貨が相次いでこれに追随し、現在の変動相場制に移行したのです。
しかし金を準備するという制約がなくなった通貨は際限もなく膨張して、いまその価値を失いつつある。
基軸通貨であるドルですら、ニクソン宣言以来50年を経た今日、金に対する価値は98%も目減りしてしまった。
この放漫が世界にインフレと財政破綻を招き、ついには世界恐慌をもたらすのです。
すでにアメリカの財政赤字は深刻ですね。その深刻さは、20年も続けて来たアフガン支援を停止し、アフガニスタンから撤兵せざるを得なくなった一事を見てもわかる。
また日本を見れば、無責任なアベノミクスによって、国の借金はすでにGDPの2倍を超える約1300兆円にまで膨れあがった。そのうえ毎年のごとく借金による補正予算を組んで平然としている。国家破産はもう眼前に迫っている。私は日本の政治家は無責任きわまると思っております。
世界恐慌は株式相場の大暴落から始まるのです。史上最高値を付けている米国市場がまもなく大暴落し、つれて米国債も暴落、ドルも暴落する。
アメリカの国債は日本をはじめ世界各国が資産として大量に保有しているから、これが暴落したら、全世界が大衝撃を受ける。加えて株式とドルの暴落というトリプル暴落が起きたら、世界恐慌になることは火を見るよりも明らかです。
立正安国論には「一切の人衆皆善心無く」と仰せられている。今の日本はまさにこの状態ですね。
見てごらんなさい。
今月6日には、小田急線の車内で男が刃物を振り回わして10人に重軽傷を負わせるという事件が起きた。
36歳の犯人は警察の調べに対して「幸せそうな女性を見ると殺したくなる」と供述していたという。
顕正会の婦人部・女子部、気をつけて下さい(大笑)。
みんな幸せそうな顔をしているから(爆笑)。
電車に乗るときはそういう顔をしない(大爆笑)。
家族の間でも、幼児を虐待あるいは放置して死にいたらしめる母親がめずらしくない。母性本能が消え失せてしまったのです。
また数日前には、年老いた病身の父親を、息子が蹴り殺したという、言葉を失うような事件もあった。父母を殺せば無間地獄に堕つることも知らない。
まさに「一切の人衆皆善心無く」との仰せそのまま。いまの日本は貪欲・瞋恚・愚痴の三毒が充満しているのです。
しかし、これらはまだ世法における「人心の荒廃」です。今や仏法の世界において、善心を失った悪行が横行しているのです。
いいですか。大聖人様の正系門家において――
学会は御遺命に背いて国立戒壇を否定し、偽戒壇・正本堂を建てた。そしてついには、あろうことか、戒壇の大御本尊をも捨て奉った。
一方、宗門は、学会にへつらって同じく御遺命に背いた。そして罰で仲間割れが起こって収入が減るや、いま恐れ多くも戒壇の大御本尊を「営利の具」として、御開扉料稼ぎに狂奔している。
正系門家一同のこの師敵対、この悪行、どうして諸天が罰せぬ道理があろうか。
以上、「先難」として五例を挙げましたが、いよいよこれから、広布前夜の「後災」たる自界叛逆と他国侵逼が事実となるのです。
自界叛逆とは国内が分裂して抗争することです。今の日本は米国と中国の狭間にあって、双方の強い影響下にある。したがって政権与党を見ても、自民党は親米であり、公明党は中国と深く結びついている。また自民党の中でも、実力者の二階俊博幹事長は媚中派として重きをなしている。
もし米・中の対決が色を増せば、政界のみならず国中が二分され大抗争に陥る。これが現在の日本に起こるであろう自界叛逆であると私は思っております。
そして他国侵逼こそ亡国をもたらす最大の国難であります。いまこの大国難がヒタヒタと日本に迫っている。
十字御書には
「影は体より生ずるもの、法華経をかたきとする人の国は、体に影の添うがごとくわざわい来たるべし」
と仰せあそばす。
大聖人御入滅よりすでに七百余年、日本一同は未だに大慈大悲の御本仏を信ぜず背き続けている。
就中、一国を諫めるべき正系門家が大事の御遺命に背き奉っている。どうして他国侵逼の大罰を受けぬ道理があろうか。
隣国の中国は共産党独裁で、「世界制覇」を国家目標に掲げている修羅の国です。
国力も近年急速に強大化し、「20年代の終わりまでには、経済規模も軍事力もアメリカを凌駕する」と公言している。
その侵略性と残忍性は、隣国の少数民族であるチベットとウィグルに対する所行を見ればよくわかる。
この中国が今、東シナ海・南シナ海に侵略を拡大しつつあるのです。
その行動目標については、すでに次のように発表されている。
「2020年代にアジアから米国勢力を駆逐し、大中華帝国を築いてアジアに君臨する」と。
「アジアに君臨する」とは、日本を征服するということに外ならない。
今すでに尖閣諸島の周辺海域では、中国艦船の領海侵犯が常態化し、尖閣諸島が日本の施政下にあるのか、中国の施政下にあるのかさえ紛らわしくなっている。
先般来日した中国の王毅外相は、日本の茂木外務大臣に対して「尖閣諸島は中国固有の領土である」などとヌケヌケと明言した。これに対して茂木大臣は一言も反論しなかったという。
やがて中国は台湾を侵し、尖閣を奪い、ついには日本を侵略すること必定と思われる。
この大難は諸天の責めであるから、いかなる手段・方法を用いても遁れることはできない。
ゆえに撰時抄には
「設い五天のつわものをあつめて、鉄囲山を城とせりともかなうべからず。必ず日本国の一切衆生 兵難に値うべし」
と仰せ下されている。
ところが、日本国憲法によって一切の軍備を保持しないことになっている日本は、国家の防衛という、国の存立にとって最重要なことすら、アメリカに委ねているのです。
それが日米安保条約第五条です。だから日本の歴代総理は、アメリカの大統領が代わるたびに、必ずこの安保条約第五条の適用を確認している。つまり「イザというときは守ってくれますね」と確認しているのです。
菅総理もバイデン大統領に対して電話会談で確認したことをイソイソと発表していたが、何ともみっともない話であります。
このように、今の日本はアメリカを柱としている。
だが、この柱は頼りない。もしアメリカの意志と能力が衰えれば、いつでも安保条約は破棄される。だから安保条約第十条には、一方的な終了通告を可能とする旨の規定があるのです。
この柱なき日本に、いま強大な軍事力を有する中国の侵略が始まらんとしているのです。
この亡国の大難をのがれる道はただ一つ。
日本一同に日蓮大聖人を深く信じ奉り、御遺命たる国立戒壇を建立する以外にはない。
凡夫の目には、日本一同が一時に信ずることなどは、とうてい不可能に見える。
だが、国亡び、我が命も危うい、というような非常事態が眼前になったとき、始めて全日本人は
「日蓮によりて日本国の有無はあるべし」
「我日本の柱とならむ…等と誓いし願やぶるべからず」
との大慈大悲の師子吼が心魂に徹し、一同に頭を地につけ掌を合わせて「南無日蓮大聖人」「南無妙法蓮華経」と、声をつるべて唱え奉るにいたるのであります。
必ずこういう時が一時に来る。
まだ大罰の現われない時は、慢心の者は大聖人様を軽視しているかもしれない。だが、いよいよ国亡び、我が命も危うしとなったとき、人々は始めて顕正会の諫暁を深刻に理解する。そして偉大な尊い大慈大悲の大聖人様に手を合わせる。
一同に頭を地につけ掌を合わせて「南無日蓮大聖人」「南無妙法蓮華経」と、声をつるべて唱え奉るにいたるのであります。
上野抄の
「ただをかせ給へ、梵天・帝釈等の御計いとして、日本国一時に信ずる事あるべし」
との仰せはこのことであります。
いま広布の最終段階に生まれ合わせ、この重大御化導のお手伝いをさせて頂けるとは、顕正会は何たる宿縁か、何と有難いことか。
さあ、本年最後の法戦、九・十・十一月、ともに励まし大歓喜の中に広宣流布を進め、何としても大聖人様に応え奉ろうではありませんか。以上。(大拍手)