広布の大情熱が渦まく本日の総幹部会も、まことに大感動いたしました。
迎える四月は、建長五年四月二十八日、大聖人様が始めて「本門の題目」を唱え出だされた立宗の月であります。
立宗における大聖人様の御誓願がいかに堅固であられたか。
開目抄には次のごとく仰せ下されている。
「日本国に此れを知れる者 但日蓮一人なり。
これを一言も申し出すならば父母・兄弟・師匠・国主の王難必ず来たるべし、いわずば慈悲なきににたり。乃至
今度、強盛の菩提心ををこして退転せじと願じぬ」と。
成仏の叶う大法は文底下種の南無妙法蓮華経以外にはない。念仏・真言・禅・律等は人を地獄に堕とす邪法である。
このことを知り給うは、日本国にただ日蓮大聖人御一人であられる。
もしこのことを一言でも言い出すならば、必ず身命に及ぶ大難が起こる。
しかし「いわずば慈悲なきににたり」と。これが大聖人様の大慈大悲であります。
そこに、たとえいかなる大難が競い、それが身命に及ぶとも、三大秘法を以て全人類を現当二世に救わん――との大誓願を立て給うたのであります。
ここにいま
「但日蓮一人なり」
との仰せを深く拝し奉るものであります。
大聖人様は数多の御書に「日蓮一人」と仰せ給うておられる。
たとえば諸法実相抄には
「日蓮一人はじめは南無妙法蓮華経と唱へしが、二人・三人・百人と次第に唱へ伝うるなり。乃至
剰え広宣流布の時は、日本一同に南無妙法蓮華経と唱へん事は、大地を的とするなるべし」と。
あるいは報恩抄には
「日蓮一人、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経等と声も惜しまず唱うるなり。乃至
日蓮が慈悲昿大ならば、南無妙法蓮華経は万年の外未来までもながるべし」と。
この「日蓮一人」との仰せに、末法に始めて文底深秘の大法を弘通あそばされた下種の御本仏ただ御一人が懐き給う鉄石・不退の御決意と大慈大悲、そして「日蓮さきがけしたり」との三大秘法弘通の御宣言の御意を拝しては、粛然たる思いに駆られます。
かかる大誓願・御決意を体された日興上人もまた、五老僧がことごとく師敵対に陥る中に
「日興一人、本師の正義を存じて……」
とただ御一人、御本仏の御遺命を奉じて、滅後五十一年の御化導をなされた。
日目上人もまた
「先師の地望を遂げんが為に……」
と御遺命実現に身命を抛たれた。
広布前夜に至り、先生もまた、第六天の魔王の障碍によって正系門家のことごとくが師敵対に陥り御遺命を破壊せんとする中に
「我れ一人立つ」の師子王心で御遺命を死守されるとともに、その達成に向けて死身弘法を展開され、三百万にならんとする仏弟子の大集団を築かれたのであります。
そして御逝去されるとも、今もなお先生の、その強く深い大忠誠心によって全顕正会は師子王の子として勇み立ち、御遺命成就に驀進しているのであります。
私たちは日蓮大聖人の弟子、浅井先生の弟子であります。
であれば、誰が立とうと立つまいと「日蓮一人」「日興一人」の大精神、そして「我れ一人立つ」の気魄で命尽くるまで戦われた先生のご決意を体し、立たなければいけない。
されば迎える立宗の月・四月、その誇りと確信を胸に、いよいよ励みをなす諸天のテンポを上回わる空前の大折伏戦を展開してまいろうではありませんか。
さて、二月度総幹部会で述べたとおり、学会は「中道改革連合」を隠れ蓑としてその凋落ぶりをカモフラージュしようとしたものの、極めて正確な「出口調査」によって、先の衆院選における旧公明党の得票数がなんと「385万票」と、わずか七ヶ月余で136万票、四分の一も激減した実態が明らかになりました。
垂直に近い角度で急降下するグラフを見れば、たとえ教義的なことはわからずとも、学会の消滅を確信しない者はおりません。
なぜここまで崩壊寸前になったのか――
その根本原因こそ、池田大作の三大謗法にある。すなわち
①国立戒壇を否定して偽戒壇・正本堂の誑惑をなした「御遺命破壊」
②大聖人出世の御本懐たる「本門戒壇の大御本尊」を捨て奉った「極限の大謗法」
③大聖人様が久遠元初の自受用身にてましますことを否定した「未曽有の邪教化」
であります。
この三大謗法は、流罪・死罪を堪え忍ばれて三大秘法を弘通あそばされた日蓮大聖人の一代御化導を水泡に帰し、その御眼を抉るの大罪であります。
ゆえに
「吾が一門の人々の中にも信心もうすく、日蓮が申す事を背き給わば、蘇我が如くなるべし」(四条金吾殿御返事)
との仰せのごとく、いよいよ学会は「蘇我が如く」亡ぶ時を迎えたのであります。
ことに最近の学会の活動実態は末期的症状を呈しております。
学会は本年を「世界青年学会 躍動の年」と銘打つも、最重要行事たる「本部幹部会」を年に二度しか開催しなくなり、同時に座談会の企画を組織に委ねるようにした。
そこで学会本部は座談会のポイントを聖教新聞紙上に掲載しておりましたが、そのあまりにも幼稚な内容には思わず言葉を失いました。
実に下らぬものですが、学会崩壊のさまを知るうえで、参考までに紹介しておきます。
そこには
「座談会を充実させるために……全国各地の座談会の工夫例を紹介」するとして、語り合う「テーマ例」をいくつか並べておりました。
その一例として
「あなたが行ってみたい国は?」(笑)とか
「これから始めてみたいこと」など、信心とは全く関係のないテーマを挙げている。
さらに座談会の「ポイント」として「笑顔のうなずき、共感の相づち」(笑)などと書いていた。
わざわざこんなことまで書かなければいけないほど、学会の座談会はみな無表情で無反応なのでしょう(爆笑)。
そのほかにも、司会には「ラジオパーソナリティーに扮して進行」とか「ペアになって、漫才風に進行」することを勧め(笑)、さらに「イントロクイズ」や「健康体操・ストレッチ」などの「ゲーム」や「体操」を取り入れることを奨励している。
これでは小学校の学級会か老人会のレクリエーションです(笑)。
何より驚いたのが「“推し”御書」と称して、自分の好きな御金言を発表し合うのだという。
このようなバカげた言い方がありましょうか。
御書は、最大深秘の三大秘法を顕わし給うたものであります。
また、私たち末代凡夫に対し、いかように信心を貫いていくべきかを御教示くださった、大聖人様の大慈大悲の御教令であります。
かかる大事な御書を「“推し”御書」などと称して、アイドル文化のノリで軽んずるは摧尊入卑の極みであります。
このような姿に学会の実態がよく表われております。
もはや学会の中身は完全にカラッポであり、砂上の楼閣のように一気に消滅することは疑いありません。
翻って、浅井先生が築かれた顕正会の有難さを改めて感じてなりませんでした。
顕正会には、大忠誠の先生のご信心が、その広宣流布の大情熱が、今なお組織のすみずみにまで脈打っている。
そして全顕正会員が、日蓮大聖人の大恩徳と戒壇の大御本尊の重大尊貴を仰ぎ奉り、「有難い」「お慕わしい」との恋慕渇仰の信心口唱に励みつつ、「一生成仏」と「広宣流布」の大願を見つめ、ともに語り合い、折伏でもその歓喜を伝えている。
その姿は
「力あらば一文一句なりともかたらせ給うべし」(諸法実相抄)
との仰せのとおりであります。
また、御本尊様の功徳を讃嘆する中に、それぞれが功徳を頂いている。
これ
「法華経の功徳は、ほむれば弥功徳まさる」(妙密上人御消息)
との仰せのままであります。
かかる功徳あふれる顕正会なればこそ、広宣流布への決意と大情熱が滾っているのであります。
極限の師敵対に陥り、いよいよ亡びゆく学会、そして餓鬼道に堕した宗門の凋落ぶりを見るほどに、御遺命成就に戦う団体は顕正会以外には絶対にないことを実感するばかりであります。
されば、同じく信心を起こしながらも悪師・池田大作に騙され、今生には功徳を失い、後生は入阿鼻獄に至る四百万学会員を根こそぎ救い、ともに御遺命成就に戦う同志にしていこうではありませんか。
話は変わります。
二月度総幹部会で高市政権が目論む改憲の野望についてふれましたが、いよいよ全力でそれを推進してきております。
3月9日付の東京新聞に「与党 改憲議論加速へ」との見出しで衆院憲法審査会長・古屋圭司のインタビュー記事が掲載されておりました。
それによれば、古屋圭司は高市首相から「憲法審査会長をぜひやってほしい」と会長ポストを打診された際、改憲に向けた高市首相の「不退転の決意」を感じたことを明かしていた。
さらに古屋は
「(改憲議論に)時間をかければ良いということではない」「最終的には採決というものもある」
とも述べ、改憲反対派との合意形成があろうとなかろうと、「数の力」で強引に改憲原案をまとめて発議に持ち込まんとする姿勢を隠そうともしていなかった。
そして一昨日の23日に報じられた自民党の「2026年運動方針原案」には、憲法改正原案を作成し、国会提出をめざすことが明記され
「強い覚悟を持って、国民投票による改憲の早期実現に全力を尽くす」
として、国民の理解を広げるための国民運動を強力に展開する考えが示されていた。
これら高市政権の改憲に前のめりになる姿勢を見れば、早ければ今年、遅くとも来年中には改憲発議・国民投票を実現せんと目論んでいることが窺われます。
そして高市首相および日本会議界隈の輩は、まず第1段階として自民党の4項目改憲を急ぎなし遂げ、改憲に対する国民の抵抗感をなくしたのちに、それを足がかりにして、いよいよ日本会議がめざす「神の国」の要素を加えた改憲を狙ってくる可能性が高い。
その理由を少しく説明いたします。
高市首相の「応援団」といわれ、その強力な宣伝役を担う「正論」と「Hanada」という右寄りの月刊オピニオン誌があります。
その最新の4月号には、高市政権と日本会議界隈の、憲法改正への強い意欲と本音が露骨に示されていた。
中でも注目すべきは小川榮太郎という文藝評論家の論文でした。
この小川榮太郎とは、日本会議の主導で設立され、櫻井よしこが代表を務める憲法改正推進団体「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の代表発起人などを務め、日本会議の各種イベントで講演を行うなど、日本会議と極めて深い繋がりを持ち、かつて安倍晋三の熱心な支持者・論客といわれた人物であります。
小川榮太郎は「正論」と「Hanada」に日本会議の野望を知るうえで刮目すべき論文を掲載していた。
まず「正論」の寄稿には、安倍政権時代の改憲の進め方についてまことに興味深いことを記していた。
すなわち、第一次安倍政権は「戦後レジームからの脱却」(表面的にはアメリカに押し付けられた枠組みから脱却して本来の日本の誇りを取り戻すこと。その本質的な意は明治憲法的な天皇中心の国体に回帰して、国家神道の復活をめざすこと)を高々と掲げて取り組んだものの、左派メディアなどに叩かれた安倍晋三はわずか1年で辞任を余儀なくされたこと。
これを受け、第二次安倍政権においては、それと同じ轍を踏まないために「戦後レジームからの脱却」というイデオロギー性(体系化された思想観念)を徹底的に封印し、「経済を一丁目一番地」に位置づけたこと。
具体的には「アベノミクス」を前面に出しながら、その間に力を蓄えて政権を安定させ、世論を味方につけ、戦後イデオロギーに染まっていない若い世代の支持を取り付けて、政治思潮(その時代の思想の傾向)を変えていったこと。
そして安倍は、政治基盤の確立に数年の歳月をかけ、連立を組む公明党との信頼関係も醸成し、同党代表だった山口那津男と内々で合意を得たうえで、憲法九条二項を削除せずに「自衛隊」を加憲する案を自民党総裁の立場で日本会議系の改憲集会で発表し、現職首相が憲法九条改正に言及する既成事実を作っていったという。
まことに周到を極めた日本会議の策略であります。
驚くべきことは、現在の高市政権の手法がその延長線上にあることです。
すなわち高市首相は「責任ある積極財政」なる安倍晋三の二番煎じの経済政策を前面に押し出し、「日本列島を、強く豊かに。」との国民に期待を持たせるスローガンを打ち出し、SNSを活用して“日本を変えてくれそうな女性初の総理大臣”というフワッとしたイメージ戦略で若者の支持を取り付ける手法をとっている。これまさに第二次安倍政権のやり方と軌を一にするものであります。
そして小川榮太郎は、日本会議が企む改憲の本音を図らずも開陳しているのです。
「Hanada」の寄稿において小川は
「憲法改正、待ったなし」
「有事国家への転換」
などと言い、さらに改憲へのスケジュールについて
「憲法九条と緊急事態条項の改憲条文案の確定を、通常国会後半の最優先課題とし、国会論戦を通じて、民間での議論をも喚起し、会期を延長してでも今国会における国民投票発議を議決すべきだ」などと急かしている。
さらに
「戦後レジームからの脱却は、(九条改憲などの)単なる一部条文改正ではなく、憲法の前文の精神を乗り越えることを通じてしか達成され得ない」
として、このような悍ましいことを述べている。
「皇室のなかに溶け込んだ日本古来の宗教性を尊重する議論を喚起すべきだろう。天皇の宗教性を尊重することは、何ら立憲主義(国家権力を憲法で制限し、国民の基本的人権や自由を守る政治理念のこと)に悖るものでも、国民の信教の自由を侵すものでもない」と。
要するに小川は、天皇の宗教性いわゆる「神道性」を積極的に尊重すべきと明確に打ち出しているのです。
直截的に「現人神」とは書いていないものの、「天皇の宗教性」という表現はまさしく明治憲法下の「現人神」思想を復活させんとするものにほかならない。
さらに小川は「靖国神社参拝」を「国家の存在意義の中核」とも主張している。
この小川の言っていることは、「神の国」の復活を目論む日本会議が狙う改憲の真の目的であります。
日本会議が、小川榮太郎にそれを露骨なまでに代弁させ、世間の反応を窺うためのアドバルーンを揚げたものと思われる。
この真意を知れば、平成24年の自民党改憲草案に「政教分離」の例外規定を設け、国家神道への回帰を可能にする余地を残した意味がよくわかります。
そして、小川のこの主張が日本会議の思想に基づいていることは、先月の総幹部会でふれた邪教「生長の家」の教祖・谷口雅春の教えに強く傾倒した日本会議の中枢メンバーである伊藤哲夫の発言を見れば疑う余地もない。
伊藤哲夫は自著(経済大国と天皇制)の中でこう記している。わかりにくく、少し長いですが引用します。
「いうまでもなく、わが国の『シビル・レリジョン(国民宗教)』、あるいはわが国のConstitution(憲法)の中心に位置し、その存在そのものを具現してきたものこそ、まさにこの天皇の存在であった」
「誤った政教分離論から脱却して、わが国の国家的伝統を支えてきた宗教的基盤に、新たな眼をそそいでいくことは、われわれにとって喫緊の課題だと思われるのだ。そしてそれは、……記紀(「古事記」と「日本書紀」のこと)の神話伝承を源泉とする神道的文化伝統への本格的回帰をわれわれに促すであろう」
「君主制は君主の『神格化』(神聖化)を離れてはあり得ず、王位もまた、宗教的意義づけを離れては、その本来の意味を明らかにはなし得ない」
「古今を通じて動かないのは、君主制のこの宗教的本質に対する信仰なのである。……それは我が国固有の皇祖神信仰(天皇の祖先である天照太神等の神々を崇拝する信仰のこと)にもとづく、祭司王としての伝統である。それはわれわれに、神と国家と人間の、眼にみえぬ本質的関係を意識せしめ、認識せしめてくれるといえよう」
わかりやすく言うと――
日本という国および憲法の中心には天皇が存在し、それは単なる政治制度ではなく、神道の伝統に根ざした宗教的な意味を持つ。
戦後の政教分離の考え方は誤りであり、古事記・日本書紀の神話に基づく神道的伝統に立ち返るべきだ。
天皇は神と人間と国家をつなぐ「祭司王」であり、その宗教的本質こそが日本の国家的基盤である――と。
以上、伊藤の主張を一言でまとめれば、日本を天皇を中心とした神道的な国体、すなわち「神の国」に回帰させなければならない――ということです。
先ほどの小川榮太郎の論文の出所は、まさにここにある。
伊藤哲夫をはじめ日本会議界隈の輩は、皇室の仏法上の重大使命を知らない。
日本は久遠元初の自受用身にてまします日蓮大聖人が御出現あそばす三大秘法有縁の妙国であれば、この御本仏を守護し奉る善神が前もってこの国に出現しないはずがない。
ゆえに大聖人様は日眼女抄に
「天照太神・八幡大菩薩も、其の本地は教主釈尊なり」と。
あるいは産湯相承事には
「久遠下種の南無妙法蓮華経の守護神」と。
まさしく久遠元初の自受用身ご出現の国に、前もって釈迦仏が三大秘法守護のために垂迹したのが、日本国最初の国主である天照太神であり、八幡大菩薩(第十六代応神天皇)なのであります。
ゆえにその子孫であり、国主である歴代天子には自ずと仏法守護の一大使命すなわち「守護付嘱」が付されている。
これこそが二千数百年も皇室が万世一系で永続してきた所以であります。
かかる皇室の仏法上の重大使命を弁えず、天皇を現人神とするような日本会議の思想は大きな誤りです。
また伊藤哲夫と同じく日本会議の中枢メンバーの一人に百地章という憲法学者がおります。
この者も、学生時代から「生長の家」の活動家として積極的にその運動に関与し、現在、日本会議の政策委員を務め、また谷口雅春の教えを現代に継承・普及することを目的とした宗教法人「生長の家創始者谷口雅春先生を学ぶ会」という邪教の設立・運営に携わり、その機関誌の編集人なども務め、安倍晋三のブレーンの一人でもあった。
百地章も自著(憲法の常識常識の憲法)の中で、現行憲法の「政教分離」について「国家と神道との徹底的な分離」は必要ない旨を示唆し、「国家にとっては……国民を統合し糾合していくために宗教が必要」と説き、その「国民宗教」の具体例として「靖国神社」を挙げている。
この二人の日本会議中枢メンバーの思想を見れば、日本会議がめざすところは、生長の家の教祖・谷口雅春が説いた、天皇を「現人神」として信仰の中心とし、明治憲法の精神を現代に蘇らせ、国家神道を復活させようとするものであることは赫々明々であります。
ちなみに高市首相が二十代のころから伊藤哲夫の指導を受けていたことは先般述べましたが、高市首相はこの百地章にもかつて国会議員の仲間とともに何度も知恵を借りていたことを自身のブログに記しており、百地章の影響も強く受けていることが窺われる。
ほかならぬ高市首相自身がブログ(2005年12月6日)において、「ベストなもの」と表現する改憲案の一つに
「国家による『公務死者』追悼責務を規定すべき」というものを挙げている。
これは「国家が戦没者を宗教的に追悼する義務を負う」とする条項です。
そのうえで高市首相は、国家がどこでどのような追悼をすべきかについて、具体的にこう述べている(2005年12月7日付ブログ)。
「『追悼』には死者を『慰霊』『鎮魂』するという意味もあり、無宗教の立場では追悼は成り立たず、日本人の伝統的な考え方を否定することになる」
「靖国神社と別の施設を造ることは、戦没者に対する背信行為」と。
つまり高市首相は憲法を改正して、日本を「靖国神社で戦没者を追悼する義務を負う国」にしようとしているのです。
仮にこの改憲案が実現した場合、国家の責務として靖国神社で戦没者に対する追悼が行われるようになり、靖国神社すなわち「神道」が日本において優越的な地位に立つことになり、ひいては戦前の「国家神道」のような状況の復活に繋がりかねない。
ちなみに、国家が起こした戦争の犠牲者の追悼儀式を国が行うこと自体は当然のことです。
しかしそれを謗法の「神道」で祈っても戦没者は少しも救われない。いやそれどころか悪道に堕したその苦を増すことになる。
三大秘法をもって追善回向してこそ、始めて救われるのであります。
大聖人様は御義口伝において
「今日蓮等の類聖霊を訪う時、法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時、題目の光、無間に至って即身成仏せしむ」と。
広宣流布して国立戒壇が建立されれば、「戒壇の大御本尊」の広大深遠の力用によって、戦争犠牲者を始めとしてあらゆる法界万霊は自ずと救われる。
ゆえに靖国神社ではなく、国立戒壇こそが戦没者を救うのであります。
しかるに高市首相は日本会議の思想に則り、靖国神社すなわち「神道」で戦没者を追悼しようとし、それを国家にとって特別な意味を持たせ、国家神道のような状況を作ることを理想としている。
とんでもないことであります。
敗戦直後にGHQの「政教分離」の指令、いわゆる「神道指令」で国家神道の毒が取り除かれたにもかかわらず、再び国民に毒を服ませようとする愚行は許されない。
早く薬を示す憲法すなわち「王仏冥合の憲法」を制定し、国立戒壇を建立しなければなりません。
こうしてみると、高市自民党が掲げる4項目の改憲案は単なる足がかりに過ぎず、その真の目的は
「神格化した天皇を頂点とした国家神道的な国体回帰」であることは疑いない。
実際、伊藤哲夫は自著(憲法かく論ずべし)において、憲法を家に見立てて、九条等の条目の改正などは家の壁紙の張り替え作業に過ぎず、改憲の肝心はもっと「根底的」な家の土台すなわち設計思想を変えること、これが「絶対条件」であることを述べている。
まさしく先に引用した小川榮太郎の
「戦後レジームからの脱却は……憲法の前文の精神を乗り越えることを通じてしか達成され得ない」とは、このことであります。
浅井先生はこれまで幾度となく指導下さいましたが
「仏は主君、神は所従」なのであります。
日本に始めて仏法が渡来した欽明天皇の御宇に、物部等の豪族は
「日本は神国だから天照太神等の神々を崇めるべき。異国の仏教などは断じて用いてはならない」と主張して仏法を排斥した。欽明天皇もそれを容れてしまった。
このとき聖徳太子は蘇我氏とともに仏法守護の戦いに立ち、見事に勝った。
大聖人様はこのことを曽谷抄にかく仰せ給う。
「ついには神は負け、仏は勝たせ給いて、神国はじめて仏国となりぬ」と。
このときはじめて日本は神国から仏国になった。
「仏は主君、神は所従」という立場がここに確立されたのであります。
しかるに、明治憲法下の政府は仏法を排斥して天照太神等の神を国の本とした。
御本仏日蓮大聖人を無視して、所従である天照太神を日本の中心にして「神の国」を作らんとすれば、それは謗法であります。
この仏法上の失により、国は亡ぶ。
明治憲法下の政府が仏法を無視して国家神道を打ち立てた結果、日本は日清戦争・日露戦争・日中戦争・日米戦争に引きずり込まれた。
ことに政府が全国民に対して「伊勢神宮への遥拝」や「伊勢神宮の神札を祀る」等の国家神道を強要した日米戦争においては、三百数十万人の犠牲者を出したうえ、ついに人類史上ではじめて原爆を落とされ、悲惨な敗戦の憂き目を見たのであります。
ここにいま、「神の国」を作らんとする日本会議に強く共鳴する高市政権が邪な改憲を目論み、大軍拡の道に突き進むならば、必ず裏目に出て大国難を招くこと疑いない。
すでに浅井先生の62度にも及ぶ諫暁により、日本を「神の国」にせんとする安倍晋三の野望は諸天の鉄槌により潰えたにもかかわらず、再び高市首相ならびに日本会議界隈の輩がそれを復活させようとするならば、顕正会は断固それを阻止せんと決意しております。
何より、この重ねての謗法を諸天は断じて許すはずがない。
それにつけても、広布決戦場第7年に入り、わずか二・三ヶ月の間に世界大動乱の様相を呈すさまは、あたかも津波が入江に入って勢いを増すがごとくで、諸天の凄まじいテンポに驚きを禁じ得ぬものであります。
それだけに先生が、三百万達成を
「あと5年以内に成すべし」
と密かにご決意された2028年までの「残り三年弱」の時間がいかに重大なのかが身に迫り、急ぎ一国を動かし得る鉄壁の組織を構築せねばならぬことを肝に銘ずるものであります。
本年2月28日、アメリカとイスラエルが共同で開始したイランへの軍事作戦は、三週間以上が経過した現在も収束の見通しが立たず、長期化の懸念が強まっております。
トランプ大統領はイランとの交渉の可能性を強調しているものの、イラン側はこれを否定しており(3月25日時点)、状況は依然として流動的であります。
この戦争は世界経済に深刻な影響を及ぼし、特にエネルギーの供給を脅かしつつある。
作戦開始直後、アメリカはイランの最高指導者ハメネイをはじめ指導部の要人を標的とした攻撃を行い、ハメネイらを殺害したものの、イランの現体制の転換には至らず、代わりにハメネイの次男・モジタバが最高指導者に就任し、体制はより硬化・強靭化したといえる。
トランプ大統領は当初、最新鋭兵器を駆使した空爆によりイランを比較的短期で屈服させられると楽観視しておりました。
しかしイランは、安価なドローンや弾道ミサイルによる飽和攻撃を行い、アメリカとイスラエルの防衛網を突破するとともに、イエメンのフーシ派やレバノンのヒズボラなどの親イラン武装組織を使った「非対称戦術」で報復を続けている。
その結果、長期戦の様相を帯び、秋に中間選挙を控えるトランプ大統領を政治的窮地に追い込もうとしている。
何より、この戦争で世界に最も大きな影響を与えているのは、イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖です。
世界の原油・天然ガスの約20%が通過するエネルギー供給の大動脈が機能不全に陥ったことで、国際エネルギー機関(IEA)のビロル事務局長は
「1970年代の二度の石油危機とウクライナ戦争後のガス危機が重なったような規模」と警告し
「石油や天然ガスだけでなく、石油化学製品や肥料、硫黄、ヘリウムなど世界経済にとって重要な物資の貿易も途絶状態にあり、特にホルムズ海峡への依存度が高いアジア諸国が最前線に立たされている」
と、その深刻な影響を指摘しております。
今後、この中東情勢がどのような展開になるかは未だわからないものの、仮に早期停戦が実現したとしても、エネルギー供給の正常化には相応の時間を要し、地政学的緊張も燻り続ける可能性が高い。
一方、戦争がさらに長期化すれば、世界的な経済危機が深刻化するリスクに加え、アメリカの軍事力が中東に集中し、手薄になった東アジアで中国が台湾侵攻を早める決断をするかもしれない。
また、イランが中国・ロシア・北朝鮮との「反欧米」の連携を強め、第三次世界大戦に繋がるリスクもあり得る。
現在、世界は戦後最大級の地政学・経済危機の瀬戸際に立っていると言える。
そして、この戦争の背景には、ネタニヤフ首相の汚職裁判逃れや、トランプ大統領の国内支持率回復・秋の中間選挙を前にした失地回復の目的があったと、アメリカの一部メディアでは相次いで報じられております。
さらに、このようなリスクの高い軍事作戦にあたり、トランプ大統領の見通しは甘かったと言われている。
本年1月3日のベネズエラ攻撃のように早期に決着がつくと過信し、失敗した場合の明確な出口戦略が十分に用意されていなかった可能性が高い。
攻撃開始前、米軍のケイン統合参謀本部議長から、イランによるミサイル・ドローン・機雷を用いたホルムズ海峡封鎖の可能性について再三警告を受けていたにもかかわらず、トランプ大統領は「イランは封鎖する前に降伏する」「仮に海峡封鎖しても米軍で対応可能」と判断して作戦を強行したとされている。
実際、ホルムズ海峡が事実上封鎖されたのち、日本をはじめとする七ヶ国に艦船派遣を要請したことは、海峡封鎖への備えが不十分だったことを物語っております。
また、トランプ大統領は軍事行動の大義として、当初「イランの核兵器製造」と「アメリカ本土に到達する長距離ミサイルの開発」を挙げていましたが、米情報機関や国際原子力機関(IAEA)の見解では、そうした差し迫った脅威は確認されていなかったという。
さらに3月17日には、国家テロ対策センター所長のジョー・ケントが
「イランによる差し迫った脅威はなかった」
「この戦争はイスラエルとその強力なアメリカ国内のロビー団体からの圧力によって引き起こされた」と述べ、辞任している。
この点から、アメリカとイスラエルによるイラン攻撃は、国際法が認める「予防的自衛」の要件を満たさない違法な先制攻撃であると多くの学者や専門家、団体などから指弾されている。
イラン側に核開発等のさまざまな問題があったにせよ、もしこうした利己的な目的が戦争の主要な動機の一つであったとすれば、世界にとって極めて深刻な事態と言わざるを得ない。
ブルームバーグの論説も
「世界の大半は、トランプ氏とその側近たちの無知に衝撃を受けている」
「今や彼らは戦争ごっこをしている」
「世界全体、とりわけイラン国民は、その無謀さの犠牲となる」と痛烈に批判しています。
そのような深刻な危機の直中、日米首脳会談が3月19日に行われましたが、11兆円規模の対米投資案件をはじめとする経済協力策を携え、トランプ大統領の機嫌を損ねないよう媚びを売る高市首相の「媚態外交」「朝貢外交」「隷属外交」は、とうてい看過できるものではありませんでした。
ホワイトハウスに到着した高市首相は、出迎えて握手をしようと右手を差し伸べたトランプ大統領に対し、いきなり抱きついてみせた。
首脳会談では上目遣いをしながら、こう言った。
「私は世界中に平和と繁栄をもたらせるのはドナルドだけだと思っており、諸外国に働きかけてしっかり応援したい。きょう私はそれを伝えに来た」と。
国際法違反の戦争を自ら主導し、世界を混乱と不安の渦に巻き込んだ張本人を前に、よくもこうした歯の浮くような讃辞を言えたものです。
トランプ大統領は米軍の最高司令官としてイランへの軍事行動を決断し、それは民間人を含む多数の死者を出し、その中には米軍の誤爆で命を落とした女子小学校の児童ら約170名も含まれている。このような戦争の首謀者を「応援したい」と持ち上げる姿は理解に苦しみます。
さらに先制攻撃の責任には一切ふれず、イランの周辺国への攻撃やホルムズ海峡の実質的な封鎖だけを一方的に非難する姿勢も「お追従」以外の何ものでもない。
本来、高市首相は同盟国として即時の停戦と外交的解決を強く求めるべきではなかったのか。
高市首相は所信表明演説で
「世界の真ん中で咲き誇る日本外交を取り戻す」と訴え、ロシアによるウクライナ侵攻に対しては
「力による一方的な現状変更の試みを容認すべきではない」と明言し、国会答弁でも「したたかな外交」を展開すると胸を張っていた。
それにもかかわらず、今回の対応はご都合主義そのものであります。
そして夕食会では、高市首相のお気に入りのロックバンドの曲が演奏されると、口を大きく開けて両手を挙げ、一人で歌い踊り出した。
その写真がホワイトハウスの公式サイトのギャラリーの、しかも数ある写真のトップに掲載され、世界中に配信されてしまった。
訪米前に国会で赤沢経産相に「私に恥をかかせるな」と冗談めかして凄んでいた高市首相が、結局、自ら世界に赤っ恥を晒してしまった。
日本政府やマスコミはこの会談を「成功」と喧伝していますが、トランプ大統領から要請されたホルムズ海峡への自衛隊派遣をなんとか回避し、機嫌を損ねなかったことを「成果」とするのであれば、これほど空疎な評価はない。
エネルギー危機の直中で、トランプに貢ぎ物を捧げ、国際法違反の戦争の首謀者に媚びへつらう姿は「亡国の政治家」そのものであります。
高市首相はトランプ大統領に忠誠を尽くせば日本を守ってくれると思っているかもしれないが、将来、トランプ大統領が米軍の血を流してまで日本を守る保証はどこにもない。
イランにホルムズ海峡を封鎖されるや、己れの責任を棚上げして
“アメリカは石油が沢山あるからそこにいなくてもいい。その海峡を利用している国が自分たちでなんとかしろ”
と平気で責任を押し付けてくる無責任な大統領です。
近い将来、中国による台湾有事が現実となった際
“別にアメリカが困るわけではない。その地域で責任を持つ日本が自分で何とかしろ”
と梯子を外し、いざとなったら見捨てるに違いない。
そのとき、日本は中国による他国侵逼を受けるのであります。
先生は何度も仰せ下さいました。
「アメリカは日本の柱ではない」と。
いかにトランプ大統領に忠誠を尽くしても、日蓮大聖人の仏法を立てない以上、必ず裏目に出る。諸天の治罰によって日本は他国侵逼を受けるのであります。
日蓮大聖人こそ日本の柱であられる。
あの竜の口のとき、逮捕に来た平左衛門および数百人の兵士たちを前にして、大聖人様は厳然とこう仰せられた。
「日蓮は日本国の棟梁なり。予を失うは日本国の柱橦を倒すなり」(撰時抄)と。
また佐渡の雪中では
「日蓮によりて日本国の有無はあるべし。譬へば宅に柱なければたもたず、人に魂なければ死人なり。日蓮は日本の人の魂なり」(下種本仏成道御書)
と師子吼あそばされた。
日蓮大聖人を国の柱とするとき、日本は始めて金剛不壊の仏国となる。
なぜなら宇宙的スケールの力用を持つ諸天が厳然と守るからであります。
もう国立戒壇建立以外に、日本が亡国から救われる道はない。
傍若無人のトランプ大統領とそれにひたすら追従する高市首相により、「前代未聞の大闘諍」と日本への「他国侵逼」はいよいよ迫っております。
これこそ
「仏法より事起こる」の大罰であります。
この根本原因は、日本一同の仏法違背と正系門家の極限の師敵対にある。
これを知るは、先生のご遺志を継いで戦う顕正会のみであります。
諸天の治罰はまことに早い。顕正会の三百万が遅れては断じてならないのであります。
さあ、迎える四月、全組織が空前の大折伏を敢行し、本年の二八〇万を確実にする大前進をなし、霊山にまします浅井先生に全員でお応えしてまいろうではありませんか。
以上。(大拍手)